『現代経済学のエッセンス』正誤表

p.57, l.18から

(修正前)
この比較優位説には、ちょっと面白い逸話があります。かつて同時期にノーベル賞を受賞した物理学者のステファン・ウラムと経済学者のポール・サミュエルソンが対談をした際に、ウラムがサミュエルソンに対して、「経済学では、条件によらず常に成立する法則で、かつ自明ではないものは存在するか?」という質問をしました。
実は、経済学が導き出す法則の多くが、「もし〜であるなら」という条件文の形で述べられることがほとんどです。それに対して、物理学ではエネルギー保存の法則など、条件によらず常に成立する法則が存在します。なので、この質問には、そういう普遍的な法則性をもたない経済学は、科学としてまだ幼稚なのではないか? という揶揄の気持ちも込められていたのかもしれません。
サミュエルソンはその質問を聞いて思わず絶句してしまったと伝えられています。とっさにそのような普遍的な法則が思い当たらなかったのです。ようやく1年後に、サミュエルソンはそれに該当する法則を発見しました。それが、リカードの比較生産費説だったのです。
比較生産費説は、国々の間での貿易の発生や市場での交換の発生を説明するだけでなく、これを応用すれば、生産活動において分業が発生する理由も説明できますが、これはまさにウラムが問いかけた、経済学の中でも比較的まれな、条件によらずに成立する自明ではない偉大な法則なのです。

(修正後)
この比較優位説には、ちょっと面白い逸話があります。かつて同時期にノーベル賞を受賞した物理学者のステファン・ウラムと経済学者のポール・サミュエルソンが対談をした際に、ウラムがサミュエルソンに対して、「社会科学全体で、真であり、かつ自明ではない命題は存在するか?」という質問をしました(注1)
物理学ではエネルギー保存の法則など、常にどこででも成立する法則が存在しますが、経済学や社会科学が導き出す法則は、特定の時代や場所でしか成立しないのではないか? という疑問がウラムにはあったのだと思います。この質問には、そういう普遍的な法則性をもたない経済学は、科学としてまだ幼稚なのではないか? という揶揄の気持ちも込められていたのかもしれません。
サミュエルソンはその質問を聞いて思わず絶句してしまったと伝えられています。とっさにそのような普遍的な法則が思い当たらなかったのです。ようやく30年後に、サミュエルソンはそれに該当する法則を発見しました。それが、リカードの比較生産費説だったのです。
比較生産費説は、国々の間での貿易の発生や市場での交換の発生を説明するだけでなく、これを応用すれば、生産活動において分業が発生する理由も説明できますが、これはまさにウラムが問いかけた、経済学の中でも比較的まれな、常にどこででも成立する自明ではない偉大な法則なのです(注2)

(注1)
P.A. Samuelson (1969), "The Way of an Economist," in P.A. Samuelson, ed., International Economic Relations: Proceedings of the Third Congress of the International Economic Association, Macmillan: London, pp. 1-11.
(篠原三代平 ・佐藤隆三編『サムエルソン経済学体系9 リカード、マルクス、ケインズ......』勁草書房所収、会長講演「経済学者の道」, p.344-360.)

(注2) 厳密には、市場の不完全性や収穫逓増がある場合には、比較生産費説は成立しないことが知られています(Deardorff, A. V. (2005). "How Robust is Comparative Advantage?". Review of International Economics 13 (5): 1004-1016.)