顔に疾患・外傷を持つ人々の就労をめぐる困難 ――インタビュー調査から―― 2008/08/29 READ研究会 in 函館 「障害学と経済学の協演」 報告者:西倉実季 報告の目的 ■顔に疾患・外傷を持つ人々を対象とした学術研究とセルフヘルプ・グループ(以下、SHG)について紹介する ■顔に疾患・外傷を持つ人々の就労をめぐる困難について実施したインタビュー調査(※)の結果を報告する (※)立教大学大学院・矢吹康夫さんとの共同研究 顔の疾患・外傷をあらわす用語 ■facial disfigurement 「他者から可視的で、『普通』とは異なっている状態」(Rumsey & Harcourt 2005) 先天性…単純性血管腫、口唇・口蓋裂など 後天性…熱傷や交通事故による外傷など ■異形の人 「(顔にあざや傷がある人たちは)障害者でもなく健常者でもない存在」(石井 2000) 異形の人に関する統計データ ■英米でも日本でも公的な統計データはなく、異形の人々がどのくらいいるのかわかっていない ■1988年にイギリスで実施された障害者調査によると、顔や身体に異形を持つ人は少なくとも40万人 ■2007年にイギリスの支援団体“Changing Face”が実施した調査によると、イギリスの54万2千人(111人に1人)が顔に異形を持っている ・9万2千人が先天性の異形を持っている ・6万6千人が熱傷や外傷による異形を持っている ・4万人ががんに関係する異形を持っている 【T】異形の人々を対象とした学術研究とセルフヘルプ・グループ 先行研究(1) 【英米】 ■第二次世界大戦後、戦争で顔を負傷した人が抱える心理的困難が認識されはじめる ■形成外科手術による外見の改善という医学的アプローチのみが注目され、心理的困難に関する研究成果が蓄積されはじめたのは1980年代以降 【日本】 ■90年代終盤になってようやく心理学の視点による研究が着手された ・異形の人々の心理的困難とその支援に関する研究 ・化粧の心理的効用に関する研究 先行研究(2) ■英米の心理学研究の多くには、異形の人々がある発達段階において直面する困難を検討するという共通点がある @否定的な感情の経験・・・不安、抑うつ状態、羞恥心 A自尊感情への悪影響・・・低い自尊感情 B他者との出会いをめぐる問題・・・集団のなかの匿名性を失う、他者からの回避 (Rumsey & Harcourt 2005) 異形の人々のSHG(1) 【英米】 ■About Face ・1985年にカナダのトロントで発足した支援団体。北米を中心に36の支部と6,000名以上の会員 ・ソーシャルスキルの開発、コミュニティの構築、情報発信、啓蒙活動 ■Changing Face ・1992年にイギリスで発足した支援団体。心理、教育、雇用、ヘルスケア、メディアなどの専門家を有する ・異形の人々への支援、福祉サービスの提言、啓蒙活動 ・Face equality is about being treated fairly and equally irrespective of facial appearance. 異形の人々のSHG(2) 【日本】 ■学術研究が立ち遅れたため、SHGの活動が先行する結果となった ■1970年代には異形の子どもを持つ母親による組織が、90年代には当事者を中心とした組織がつくられた ・口唇・口蓋裂友の会・・・1970年発足。全国に16の支部 ・円形脱毛症を考える会・・・1975年に「円形脱毛症の子を持つ母親の会」として発足し、1996年に改称。会員数は約300名 ・熱傷フェニックスの会・・・1991年発足。会員数は約300名   ・ユニークフェイス・・・1999年発足。本格的なSHG ・血管腫・血管奇形の患者会・・・2006年発足 など 【U】異形の人々の就労をめぐる困難 先行研究(1):異形の人々の職場での経験(Bradbury 1997) ■自信の喪失 ・目立たない職業を選択したり、昇進を求めたがらない ・社会(会社、工場、チーム内の他者)との接触を必要とする仕事に就くのを躊躇する ・治療のために学校教育の機会を喪失している場合、資格や技能がなく、キャリアパスに支障をきたす ■低いアスピレーション ・偏見の脅威を最小限にするためのストラテジーとして、競争的な状況を避けるようになる 先行研究(2):心理学研究の批判的検討 ■心理学研究は、異形の人々の自己意識や異形が他者との相互行為に与える影響について成果をあげてきたが、就労の困難についてはほとんど検討していない →先行研究(3) Tartagliaらの研究 ■魅力の心理学は、募集(recruitment)の場面における「魅力のバイアス」を明らかにしたが、異形が与える影響については検討していない →先行研究(4) Stevenageらの研究 先行研究(3):職場における差別(Tartaglia et al. 2005) ■異形は、ADAが定義する「障害」に含まれる ■雇用機会均等委員会(EEOC)のデータをもとに、四肢を失った人々との比較を通して、異形の人々が経験している職場での差別を検討 @申し立て人の特徴・・・女性、若年層 A差別の性質・・・ハラスメントと福利厚生(non-wage benefit)に関するもの B業種・・・小売業とサービス業 C申し立ての結果・・・メリットある解決がなされたのは全体の15.7%(四肢を失った人々の場合は17.2%) 先行研究(4):採用判断における異形の影響(Stevenage & McKay 1999) ■魅力的でない応募者への否定的態度は、異形の応募者にも及んでいるのか? ■学生と人事担当者を対象に、偽の異形の応募者の @個人的資質(社交性、社会性、積極性など)の評価 Aジョブスキル(チームでの働き方、公衆の面前で話すこと、リーダーシップなど)の評価 B採用するかどうかの判断 について質問 ■比較対象は、異形でない応募者と身体障害を持つ応募者(車いす使用者) ・「異形」「身体障害」「異形+身体障害」「異形も身体障害もなし」という4つのパターンを用意 ・@〜Bすべてにおいて、異形は負の影響を与えている。身体障害を持つ応募者への反応には、わずかな偏見しかあらわれていない ・@Aの評価がもっとも低いのは、学生の場合が「異形+身体障害」、人事担当者の場合が「異形」 ・学生のBについて、異形と身体障害のどちらも負の影響を与えているが、前者の影響の方が強い 先行研究の検討:TartagliaらとStevenageらの研究の批判的検討 ■職場に参入する以前の困難が見落とされている ・求職活動にさえ至っていない人々の存在 ・学校から仕事への移行 ■治療やパッシングなど、就労に影響を及ぼしうる要因が視野に入れられていない ■公的なクレイムに考察の対象を限定することによって、そこに至らない困難が不可視化される 「クレイムを申し立てることは、必ずしも容易なあるいは一般的な実践というわけではない」(草柳 2004) →探索的なインタビュー調査 インタビュー調査の概要 ■異形の人々の就労をめぐる困難を明らかにするための質問紙調査を計画 ・求職や応募、就労の継続においてどのような困難があるか ・治療やパッシングが就労にどのように影響しているか ・どのような支援のあり方が考えられるか ■質問紙作成の準備作業として、インタビュー調査を実施 【期間】 2007年12月〜2008年2月 【対象】 当事者 14名/医師 2名/支援団体の代表 1名 【方法】 半構造化インタビュー 調査対象者のうち当事者の属性 【症状】 ---先天性--- 単純性血管腫 海綿状血管腫 レックリングハウゼン病 先天性魚鱗紅皮症 アルビノ 口唇口蓋裂     ---後天性--- 円形脱毛症 熱傷 交通事故による外傷 【性別】 男性 6名/女性 8名 【雇用形態】 正社員 7名/派遣・パート・アルバイト 3名/無職 4名 【職種】 企業の事務職・営業職・研究職、官公庁の臨時職員、司書、編集者、介護ヘルパー、保育士、工場の作業員、小売店の店員など 【SGHへの参加】 経験あり 10名/経験なし 4名 求職に至るまでの困難 ・同じ病気の知り合いがおらず、円形脱毛症とともに生きるという「人生のモデル」がなかった。大学卒業間際にひきこもりになった(30代男性・円形脱毛症) ・中高時代にいじめにあって不登校になり、大学進学をあきらめたというケース(円形脱毛症専門医) ・文系に進むことを親に反対され、進学への意欲を失った(30代男性・海綿状血管腫) ・高校の就職担当の教師に、客に接する仕事(販売や受付)は避けるようにアドバイスされた(20代女性・単純性血管腫) ・事故のあと、長期的な治療を余儀なくされた(30代女性・交通事故による外傷) 職種・業種の選択傾向 ・大勢が集まる場所が苦手なため、小さい規模の会社を選んだ。学生時代のいじめの相手が男子だったため、男性への苦手意識があり、男性社員の少ない会社を選んだ(40代女性・熱傷) ・人前に出る仕事には抵抗があり、製造業を選んだ(30代男性・海綿状血管腫) ・人と接触しない仕事を求めがちになる(熱傷の会スタッフ) ・応募しても採用されないだろうし、たとえ採用されたとしても客に嫌な思いをさせられると考え、接客業を回避した(30代女性・魚鱗紅皮症) ・医師から治療の計画を知らされず、就職のめどが立たなかった。定期的に入院をして手術を受けていたため、短期アルバイトを選ばざるを得なかった(30代女性・交通事故による外傷) 求職活動や応募における困難 ・履歴書に写真を貼付する際、疾患について説明するべきかどうか悩んだ(30代男性・海綿状血管腫) ・事務職に応募して面接会場に向かったところ、今回の募集は受付係だという理由で帰宅させられた(40代女性・熱傷) ・疾患を理由に採用を断られた(50代女性・レックリングハウゼン病) ・面接で顔のことを聞かれた(40代女性・熱傷) ・電話で面接の予約をしていても、直接出向くと門前払いされる。面接まで至った場合でも、客を引き合いに出して断られるか、染髪を強制される(20代女性・アルビノ) ・飲食店(厨房)の面接で、自分だけマスクの着用を義務づけられた(40代女性・単純性血管腫) 職場での困難 【ハラスメント】 ・上司に来客へのお茶出しを禁じられた(50代女性・レックリングハウゼン病) ・仕事でミスをしたとき、同僚にあざのことで陰口を言われた(20代女性・単純性血管腫) ・同僚や上司にかつらをつけていることをからかわれる(円形脱毛症の会スタッフ) ・スーパーのレジの仕事で、客に顔のことを執拗に聞かれた(40代女性・熱傷) 【配置換え】 ・発症後、対人の部署から外されるというケース(円形脱毛症専門医) 【就労を継続していく困難】 ・「人間は外見ではなくて中身」という評価がほしいあまり、がんばりすぎてバーンアウトしてしまう。その結果、うつになって休職・退職を繰り返してきた(40代女性・単純性血管腫) ・初対面が苦手なため、新しい出会いが多い年度はじめが憂うつだった。転職して2年目の春にパニック障害を発症して辞職した(40代女性・熱傷) ・劇的に変化した容貌で職場に復帰することが困難なため、退職してしまう(熱傷の会スタッフ) ・ハラスメントを相談できる相手がいない(30代女性・魚鱗紅皮症、40代女性・単純性血管腫) ・学生時代に周囲に避けられてきた経験から、職場で人間関係が構築できない(30代女性・魚鱗紅皮症) 治療との両立の困難 ・継続的・定期的な治療が必要だが、疾患に対して職場の理解がなく、休暇が取りづらかった(50代女性・レックリングハウゼン病) ・日常生活に支障がないという理由で、治療のための休暇を取ることに上司の理解が得られなかった(30代女性・口唇口蓋裂) ・外見をある程度改善しないと求職にさえ踏み切れないが、金銭的負担が大きいため、希望する治療が受けられないというジレンマを抱えている(熱傷の会スタッフ) ・治療の副作用があり、就労を継続していくことが難しい(円形脱毛症の会スタッフ) ・専門医が特定の病院にしかいないため、遠方から通院しているケースが少なくない(円形脱毛症専門医、形成外科医) パッシングが与える影響 ・かつらの有無にかかわらず、職種・業種の選択肢が制限される ・かつらをつけていることがばれないように、あえて契約社員や短期アルバイトという雇用形態を選び、長期的かつ親密な人間関係を避けたり、転職を繰り返す ・パッシングしていることが後ろめたく、職場にうち解けられない ・職場でカミングアウトするかどうかは、多くの会員の関心事      (以上、円形脱毛症の会スタッフ) ・泊まりがけの研修や社員旅行が苦痛(40代女性・熱傷) ・疾患のことを絶対に知られたくないという人は、就労の継続が難しいのではないか(円形脱毛症専門医) ・異形の程度によっては、パッシングできなければ就職は難しいのではないか(形成外科医、支援団体スタッフ) 就労に関してのニーズ ・病院での化粧やかつらの指導、職業訓練、障害者雇用促進法と同様の法的措置(熱傷の会スタッフ) ・SHGによる孤立感の解消、かつら購入費への保険適用(円形脱毛症の会スタッフ) ・化粧品購入費への保険適用、ハローワークの障害者窓口での対応(40代女性・単純性血管腫) ・社会的認知の向上(20代女性・アルビノ) ・隠れた当事者のための組織づくり(30代男性・アルビノ) ・精神の安定を維持していくためのSHG(30代女性・魚鱗紅皮症) ・精神的なサポート(30代女性・交通事故による外傷) インタビュー調査のまとめ ■考察の対象を「応募」や「職場」から、より手前に引きよせる必要がある □求職に至るまでの困難 ・学校生活に由来する対人関係への苦手意識 ・親や教師による進路の制限 ・孤立感からくる社会に出ることへの自信のなさ →就労の困難を通時的にとらえる必要性 →社会的サポートへの注目 □資格や技能の不足はあまり問題になっていない ・むしろ就職差別を回避するためのストラテジーとして、資格を取得する傾向がある     ■社会的サポートの有無に注目する必要がある □孤立感をやわらげ、「人生のモデル」を与える場所としてのSGH ・経験の分かち合い、医療やパッシングの方法に関する情報の共有 ・(疾患・外傷を持ちながら)社会に出ている当事者の存在を知ること □教師、医療関係者、職場によるサポート ・疾患や外傷、異形の人々が抱えている問題について、周囲がどのくらい適切に理解しているか ■求職から就労の継続に至るまで、パッシングは就労の困難に大きく関係している □パッシングしているかどうかによって、直面する困難は異なる ・パッシングしていない場合は、職種・業種の制限、面接での門前払い、面接や職場での直接的な言及 ・パッシングしている場合は、それが失敗するのではないかという恐怖感や心理的負担のせいで、就労の継続が難しいこと →concealability(Jones et al. 1984)という視点 ■異形を理由に接客業に採用するのを断ることは差別なのか? ・「うちは接客業なので」「お客さんが気にするから」 ・接客業は何を売っているのか? □ADAに目を向けてみると・・・ ・“見なし規定は、事業主が顧客やほかの従業員の「否定的反応」を恐れて、異形の人が有資格であるにもかかわらず雇用を拒否されることを防止する” ・単純性血管腫を持つ女性(レストラン従業員)の申し立て ・口蓋裂の女子高校生(アイスクリーム店のアルバイトに応募)の申し立て 今後の課題 ■追加調査 ・就職したのちに発症・受傷した人へのインタビュー ■質問紙調査に向けて □調査対象者の選定 ・SHGへの参加の有無 ・パッシングの有無 □質問項目の検討 ・就労の困難を長いタイムスパンでとらえるための質問項目 ・調査対象者をとりまく関係までを射程に入れた質問項目 □SHGへのフィードバック 引用文献 石井政之 2000 「『異形の人』をとりまく現状―日本と海外の比較」『看護学雑誌』64(5): 402-406. 草柳千早 2004 『「曖昧な生きづらさ」と社会―クレイム申し立ての社会学』世界思想社 Bradbury, Eileen 1997 “Understanding the Problems,” in R. Lansdown, N. Rumsey, E. Bradbury, T. Carr & J. Partridge(eds.), Visibly Different: Coping with Disfigurement, Butterworth-Heinemann, pp.180-193. Jones, Edward E. et al. 1984 Social Stigma : The Psychology of Marked Relationships, W.H. Freeman Rumsey, Nichola & Diana Harcourt 2005 The Psychology of Appearance, Open University Press. Stevenage, Sarah V.& Yolanda McKay 1999 “Model applicant: The effect of facial appearance on recruitment decisions,” British Journal of Psychology (90):221-234. Tartaglia, Alexander et al. 2005 “Workplace discrimination and disfigurement: The national EEOC ADA research project,” Work (25):57-65.