学術講演会「障害とは何か~障害学からの問いかけ」
2007/07/23(於:公立はこだて未来大学)
 
  講師:星加良司(東京大学先端科学技術研究センター)
 
【講師プロフィール】
1975年、愛媛県生まれ。5歳のときに失明して全盲となる。小学校から高校まで地元の公立校で統合教育を受ける。
1994年、東京大学文学部入学、1998年、同大学院人文社会系研究科進学。
2005年、東京大学先端科学技術研究センターバリアフリー分野にリサーチフェローとして着任(2007年から特任助教)。
大学生時代に、世の中で当たり前だと言われていることを当たり前だと思えない自分の性格に気づき始め、それ以来社会学の研究を続けている。著書に『障害とは何か:ディスアビリティの社会理論に向けて』(生活書院、2007年)。
 
1. 障害学という学問
1-1 障害学の成立(石川・長瀬編 1999, 石川・倉本編 2002, Barnes et al. 1999=2004, Barnes et al. 2002, Davis ed 2006, 杉野 2007)
・イギリス
障害者運動と密接に結びついた障害当事者の理論家によって発展。主な学術誌として『Disability and Society』(1986年〜)。
・アメリカ
慢性病と障害に関する医療社会学の蓄積をもとに発展。主な学術誌として『Disability Studies Quarterly』(1980年〜)。
・日本
英米の障害学理論に触発されつつ、当事者運動の提起してきた論点を踏まえて発展。主な学術誌として『障害学研究』(2005年〜)。
 
1-2 障害学の自己規定
・「…健常者中心に組織された知の秩序の脱構築をめざす障害学という『運動』」(倉本 1999)
・「障害学が他の学問と異なる点は,それが障害者運動のなかから生まれてきた点である。(中略)障害学の第2の特徴は,それを担う中心的な役割を果たしている学者自身が障害をもっていることであろう。」(杉野 2006)
・「『障害学(ディスアビリティ・スタディーズ)』という学問が注目を集めつつある。これは、障害者自身の視点から社会や文化や歴史についての再解釈を行うとともに、「障害」を切り口に従来の学問の前提や対象の再編を図る一群の研究であり……」(星加 2006)
 
2. 障害学へのお誘い
2-1 障害イメージの再考
・視覚障害者が困ることは何か
→「目が見えない」と「○○」から困る
→○○を経由しない説明は可能か?
・○○に入るものは?
ex.「好きなところに出かけられない」「本が読めない」「美人な女性の顔が見られない」
 
2-2 障害概念の分節化
・インペアメント(impairment)=「目が見えない」
・ディスアビリティ(disability)=「○○」
・インペアメントとディスアビリティとの関連の仕方について考える
→障害学(disability studies)へ
 
2-3 障害学と障害概念
・障害学の中で障害概念が重視されるのには理由がある。
 実践・戦略←概念の定義/再定義
・障害者にとっての「問題」が、当事者のリアリティを踏まえて適切に把握されてこなかったことによって、障害者が医療・障害児教育・障害者福祉の対象としてのみ扱われるという否定的な経験が生まれた(安積 1995, 樋口 1998, 全国自立生活センター協議会編 2001)。
・「私の人生には二つのフェイズがある。それはディスアビリティの社会モデルに出会う以前と以後である。(中略)それは、世界中の何千、何万という人々と共有できる、自分の人生についての理解を与えてくれたのだ。」(Crow 1996: 206)
 
3. 「社会モデル」という考え方
3-1 障害問題の相対化
(a) They are disable.
(b) They are disabled.
(a)の観点(形容詞disable)では、障害者個人の能力・特徴・属性等がクローズアップされる。
(b)の観点(他動詞disableの受動態)に立つと、障害者問題に対する研究・実践の焦点は、disablement(無力化)のメカニズムの探求と、その解体を目指す取り組みであることがクリアになる。
'by ××' 'through △△'といった隠れた要素がクローズアップされる。
 
3-2 障害問題の社会化
・無力化のメカニズム=ディスアビリティの原因についてのオーソドックスな説明は、インペアメント→ディスアビリティが因果的に結びついているというもの。
→「ディスアビリティの個人モデル・医療モデル」
・障害学の有名なフレーズ
'people with impairment are disabled by society, not by their bodies'(障害者を無力化しているのは社会であって、身体ではない)
=「ディスアビリティの社会モデル」
 cf.「障害者の村」「ろう者の国」
 
4. 社会モデルの真価
4-1 原因は二者択一か?
・実はディスアビリティの原因を、個人と社会のどちらかに帰属させることは困難。なぜなら、社会と個人との間の線引きを明確に行うことはできないし、また線引きが可能だとしても、ディスアビリティは単一原因によって生じているわけではないから。
「個人モデル」=無自覚的な「見落とし」
「社会モデル」=戦略的な「強調」
・ちなみに、近年社会モデルに関する批判が注目されている(Shakespeare & Watson 2002, Shakespeare 2006a; 2006b)。しかし、モデルとしての有効性を評価するためには、@社会変革という政治的動機に照らして有効であるか否か、A障害当事者のアイデンティティに肯定的な効果をもたらすか否か、という点も重要。
 
4-2 社会学的な理解
・理論的には「社会的」という言葉に着目。
ディスアビリティが社会的に作られる過程
social creation(社会的生成=環境・制度・資源等が不利益をもたらす)
 social construction(社会的構築=価値・規範・意識等が不利益をもたらす)
・ディスアビリティ解消に際して、個人モデル的アプローチ(医療・リハビリ・教育等)、社会モデル的アプローチ(政治・運動・啓発等)が選択されるこの社会のあり方とは、どのようなものだろうか?
・生産労働の能力、正常性の規範といったキーワード(Oliver 1990=2006, 立岩 1997, 星加 2007)。
 
5. ディスアビリティ概念の再編(星加 2007)
5-1 社会現象としてのディスアビリティの定式化
・「ディスアビリティとは、不利益が特有な形式で個人に集中的に経験される現象である」
・「不利益とは、ある基準点に照らして主観的・社会的に否定的な評価が与えられるような、特定の社会的状態である」
 
5-2 社会の中で争われるディスアビリティ
・ある状態を不当な不利益であるというためには、その評価のための基準点が必要。そしてそれは、現実の社会的文脈とは無関係にアプリオリに措定されるものでも、個々の主張に応じてアドホックに設定されるものでもなく、それ自体が社会的過程において編成されてくるものだ。
・したがって、その過程に、どのような諸当事者の規範的観念や社会理論上の規範的前提が関わっているのかを分析することが求められる。
 
5-3 社会の中で増幅されるディスアビリティ
・ディスアビリティが問題になるのは、経験される個々の不利益が不当なものであるということだけでなく、そうした不利益を社会生活全般にわたって、また人生の多くの期間を通じて被ってしまう、という点も重要だ。
・したがって、そのような不利益の集中を生み出すメカニズム(不利益の複合化・不利益の複層化)についての文責が求められる。
 
5-4 インペアメントの経験を通じたディスアビリティ
・ディスアビリティは社会構造において安定的に生み出されるものである一方、自己の内面や他者との関係性を通じても作られる。たとえば、インペアメントに与えられる否定的な意味付けを内面化してしまうことで、社会的活動への意欲を失ってしまうこともあるし、インペアメントに向けられる否定的な眼差しを避けるために、そうした場面からの撤退が「合理的に」選択されることもある。
・したがって、ディスアビリティ経験の理論化に当たっては、インペアメントに関する自己と他者の意味付けが交錯する場についての文責が求められる。
 
(参考文献)
安積純子, 1995, 「〈私〉へ――30年について」,安積他『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 増補改訂版』藤原書店: 19-56.
Barnes, C., G. Mercer and T. Shakespeare, 1999, Exploring Disability: A Sociological Introduction, Cambridge: Polity Press.(=2004,杉野昭博・松波めぐみ・山下幸子訳『ディスアビリティ・スタディーズ――イギリス障害学概論』明石書店.)
Barnes, C., M. Oliver and L. Barton, 2002, Disability Studies Today, Polity Press.
Crow, L., 1996, Including All of Our Lives : Renewing the Social Model of Disability, J. Morris ed., Encounters with Strangers: Feminism and Disability, London: The Women's Press, 206-26.
Davis, L. J. ed, 2006, The Disability Studies Reader 2nd Edition, Routledge.
樋口恵子, 1998, 『エンジョイ自立生活──障害を最高の恵みとして』現代書館.
星加良司, 2006, 「『障害学』とは何か」『福音と世界』61(2): 12-17.
――――, 2007, 『障害とは何か――ディスアビリティの社会理論に向けて』生活書院.
石川准・長瀬修編, 1999, 『障害学への招待』明石書店.
石川准・倉本智明編, 2002, 『障害学の主張』明石書店.
倉本智明, 1999, 「異形のパラドックス――青い芝・ドッグレッグス・劇団態変」石川准・長瀬修編『障害学への招待』明石書店.
Oliver, M., 1990, The Politics of Disablement, London: Macmillan.(=2006, 三島亜紀子・山岸倫子・山森亮・横須賀俊司訳『障害の政治――イギリス障害学の原点』明石書店)
――――, 1996, Understanding Disability: From Theory to Practice, Macmillan.
Shakespeare, T., 2006a, Disability Rights and Wrongs, Routledge.
――――, 2006b, "The Social Model of Disability," L. J. Davis ed, Disability Studies Reader 2nd edition, Routledge: 197-204.
Shakespeare, T. & N. Watson, 2002, "The social model of disability: an outdated ideology?," Research in Social Science and Disability, 2: 9-28.
杉野昭博, 2006, 「障害と社会――障害学入門」片桐新自・永井良和・山本雄二編2006『基礎社会学 新訂第1版』世界思想社.
――――, 2007, 『障害学――理論形成と射程』東京大学出版会.
立岩真也, 1997, 『私的所有論』勁草書房.
全国自立生活センター協議会, 2001, 『自立生活運動と障害文化――当事者からの福祉論』現代書館.