「温かい風の吹く部屋」
パリンという音が私の部屋を響きわたったのは、今年の夏のこと。
この出来事以来、これから、心地よくて、温まる風が吹くことになった、私の部屋。
初夏の函館には、扇風機を運動不足にしてしまうほどの、爽やかな風が吹くのです。
それは、けして言い過ぎではない。
我が家から、新品の扇風機が届いたのは、6月くらいだっただろうか。
快適なひと夏を過ごす準備は、薄めのタオルケットと共に、最強のタッグを組んだ。
人間の欲で、最もこれと言う人も、多いのではないだろうか、睡眠の欲。
寝こみをも容赦もなく襲ってくる、蒸すとか、暑さとかに備えは万全となった。
しかし、待てども、待てども、その時はこない。暑いとか、蒸すとか、来なくても良いのだけれども。
従って、実家から送られてきた新品の扇風機をダンボールから出すことなく、夏季休暇で函館を離れた。
7月下旬
さすがに実家の夏は、暑かった。温暖化の影響というやつか、ここ数年は、昔の思い出とはなかなか重なりにくい程だ。
子どもの頃なら絵日記の宿題で、モヤモヤを空気中に書いてしまいそうだし、あやうくば太陽をグニャグニャと描写しそうな、実家の夏だった。
8月中旬
函館の地に戻った時には、空気の肌触りが全く帰省前とは違っていた。
ついに力を貯めていた扇風機が、立ち上がるときがきたわけだ。
部屋に戻った私は、何より先に、扇風機に起きてもらった。うつむく頭をぐっとあげてもらい。準備はととのったわけだが。問題が1つある。この扇風機は、リモコン式で、しかもボタンがいくつかならんでいるタイプなのだ。
どれがスタートボタンか分からないけど、そこは、体で覚えてしまえと、ボタンをいくつか押してみた。
ピーという音とともに、低い機械音がしてプロペラが回り始めた
しかし、動き始めたとたん、「ガラがらがら」と音をだして、スピードをあげ続ける
ん?なんだ?壊れているのか?
多分、プロペラと、プロペラを囲んでついているザルみたいなやつとがこすれあって回っているようだ。
これは、早く止めた方がいいな。
しかしここで、問題発生
止めるボタンが分からない。
それでも何かボタンを押してみようか。いや待て、これ以上スピードがあがったらそれも事だ。
誰か呼びに行って止目方を教えてもらうか、それじゃ、間に合わないか
そうだ、コンセントを抜いてしまえ。そうすれば止まる。
扇風機が回り始めて、異変に気付き、コンセントの事を閃くまで、この間わずかコンマ8秒。脳みその消費エネルギー、コンマ8カロリー。
(注意ー本人想像数値)
パリン
残念
間に合わなかった
周りのザルを外して、確認の結果、
プロペラは4枚付いていて、そのうちの1枚のプロペラ3分の1が割れてしまった。
それでも使えるだろうと、とりあいず、再びザルを付け、先ほど問題を発生させたボタンを押してみると、一応、風は吹くのだが、動きが他とはちょっと違う、頭を上下にブンブン振っているし、全然落ち着きがない。あまりに頭を振るもんだから、足もガタガタ揺れて、全身で風をおこしている。
プロペラの重さのバランスが悪くなってしまったのです。
正直な話、プロペラのゴーゴーという音、ガタガタガタと地団駄を踏む音がとても煩い。
それでも、やはり夜の涼しさには代えられず、睡眠中は特に、煩い扇風機に少し遠くで括約してもらうことにした。
しかし、扇風機の音のせいか、夜中に目が覚め
そして、周りの状況に驚いた。
扇風機がってんで違う方を向いて風をおくっているし、こっちに近づいて、私の横で活動中なのです。
これは、地団駄を踏んだ結果少しづつうごいて、そうなったのだろうとすぐに分かった。
まったくもって、役に立っていない。
本当に、困ったやつだ。
しかたないと思いながらも、眠たい私は扇風機を元の位置に戻し、あまり音をたてない顔の角度に調整してやった。
こんな事を夜も昼間も続けていくうちに、なんとなくこの扇風機の事を少しづつ理解できてきた。
静かにプロペラを回すことができる顔の角度。
動かなくてすみ、尚且つ地団駄を踏んでも音をたてにくい床の素材と立ち位置があるということ
この扇風機は、首を振りながらプロペラを回すわけだが。風をオクルということから言えば、全く他とは変わらない活躍をするようになった。
ふと思った、こいつは、人で言えば、障害をもったやつということかぁ
なんだよ、そうかよ、それだけのことか。親近感がわいた。何も難しく考えることはなかったのか。
こいつは、こいつなりのやり方でプロペラを回して、風をおこしているんだよな。
そのころにちょうど読んだ「支えの信条」の文章が頭にうかんできた。
その作者であるノーマン・クンツはこのようなことを書いていた。
「私の障害を、問題としてみないでください
障害は私の一部です
私を欠陥人間として見ないでください
私を、異常で、無力な人間として見ているのは、あなたなのです」
そうだよね。
俺は、こいつが、プロペラがわれてしまった時に、欠陥ができてしまった、問題発生と思い。無力なやつになってしまったとさえ考えた。
プロペラが割れても、こいつはこいつだと、思ってやることができなかったなぁ。
さらにノーマンはこうも言った
「私の事を変えようとしないでください
私は壊れてなんかいない
支援してください
そうすれば私なりの方法で社会に貢献できるのです」
プロペラを交換した方がいいか、対角のプロペラも取ってしまってバランスをとってみようか。などと頭によぎった。
このこいつの今の状態を変えずに、どんな風にいかそうなんて、あまり考えてあげなかったよな。
「あなたの隣人として見てください
人は皆、人に支えられて生きているということを忘れないでください」
「私の事をよく知ろうとしてください
そうすれば友達になれるかもしれないね」
同じ部屋に住む、こいつに対してただ風をおこすだけの存在でしか考えていなかった。スイッチ一つで風をおこす便利なやつだとしか。
考えてみると、俺は、こいつの首を振る微妙な音を聞きながら、そこに扇風機があると確認して、ぶつかって歩くことなく生活していた。
気を使ってもらい、助けてもらっているのは、むしろこちらなのかもしれない。
いや、知らないうちに、私達は、助け合ってきていたのだ。
こいつは、動き回るし、ゴーゴー煩い音を鳴らしながらプロペラをまわす。
だけど、立たせてあげる場所、顔の角度のちょっとしたちがいで静かに風をおこすことができる。
こいつには、得意な方法があると分かってあげられたとき。
逆に、これからは、仲良くやっていけるだろうと思ってもらえたときかもしれない。
「あなたの不適切行動と決めつけているのは
私にできる唯一の方法で
あなたになにか届けようとしているのかもしれません」
首を大きく上下に振りながら風をおこすやり方は、プロペラを一部失ったこいつには、当然のことだった。
何にも特別なことではないんだ。
「私を賞賛しないでください
精一杯、生きようとする事はとくに崇拝されるような事ではありません」
なるほどなぁ。
あまり褒めてしまうと、こいつを友達として、みていないと思われてしまうのかもしれないけど。
それでも、プロペラが割れて、回しにくそうなのを間近で見ていると、風をおこすことに一生懸命だと伝わってくるし優しさみたいなものを感じる。
こいつ、あったかいやつだなぁって。
扇風機なのに、回せば回すほど、温かい風が吹き回るなんて
なんとも矛盾した話だけど
これから夏には、私の部屋にいつも、快適な風が吹き続けることでしょう