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「学ぶ」ことの、面白さと難しさ

『情報表現入門』は、システム情報科学部1年次の必須科目「情報表現入門」で使用されている教科書です。一般書店のコンピュータ関連の書架にも置かれています。手にとってみると、冒頭では学ぶということ全般に共通する普遍的な方法論や心構えが書かれています。著書としてこの本に込めた思いを美馬教授に聞いてみましょう。

――本書の冒頭部分、「学びの目的と方法」に多くのページが割かれていますね。

いちばん読んでほしいことを、いちばん目につくところに置いたのです。プログラミングを学ぶ前に、まず「学ぶとはどういうことか」を理解しておかなければ、いくら努力してもダメなんですね。授業で教えていて、学んでくれない人と、どんどん学んでくれる人がいる。両者の決定的な違いは何か、そこを考え導き出した結論を冒頭にまとめたのです。「テストでよい点をとること」が「学ぶこと」だと思っていると、学ぶべきことを学べないままで終わってしまいます。

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――試験に通ればよし、ということではないのですね。学びにコツのようなものはあるのでしょうか。

最初は教える内容が難しいのでわかりにくいのではないかと問題を易しくしてみました。でも授業内容や教科書をいくら平易にしても、テストを通りさえすればよいと思っている人たちはどうやっても学べない。実は、学ぶ気がないのではなくて、学ぶということがどういうことかわかっていないと気づきました。学びに向かおうとしている人たちに言いたいのは、学ぶということは「人に伝えられるレベルまで何かを得る、知る」ということ。学んだことを伝えるのは答案用紙ではなく、人であるべきなのです。難しいことほど解ると面白い、次のステップに進みたくなるし、誰かに伝えたくなるものです。

――教科書にこそ「学び」の極意がある、と。目を皿にして読んでもらいたい教科書ですね。

はい、でも多くの学生は教科書を読んでくれなかった(笑)。学生たちがどのように勉強しているのかというと、いきなり練習問題をやるわけです。教科書を読まずになぜ練習問題ができるかというと、まず解答編を見るのです。お料理の作り方みたいな感じで、見本のようなものを見て、手順通りにやればそれらしいものが出来上がる。なんだかよくわかんないけど、答えが出てしまう。料理人の手元を見て似たようなことをすればいいと思い込んでしまうんですね。ここに落とし穴があります。プロの料理人は適切な材料を選び、絶妙なタイミングをとらえ、微妙な手わざを加えて、考えながらつくるのです。通り一辺の手順だけではないわけです。それはつまり、いつまでたってもまずい料理を作る人と、おいしい料理をどんどんおいしくしていく人の違いみたいなことなんです。だからこの教科書の練習問題には解答はありません。

アメリカ西海岸での「学び直し」

美馬教授は、2013年9月から米国カリフォルニアで1年間の研修・研究活動を終えて帰国。研修先であるUCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)を拠点に、「発想支援システムのソフトウェア研究」と「高等教育の改善を視野に入れた調査的研究」を行ったほか、学会・イベントへの参加、シリコンバレーの視察訪問もされてきたとのこと。滞在中のトピックス、エピソードなどをお聞きします。

_MG_8153――『情報表現入門』は、研修期間中に書き上げられたとうかがっています。

執筆は11月から2月にかけて行いました。ベースになるものは2年前くらいからあり、何度か改良を重ねていましたので、1週間くらいでまとめられると高をくくっていたんですが、実際に始めてみるとこれがなかなか大変で、実質数週間かかってしまいました。朝から晩までこれに集中、という日もありましたね。オフィスでひとり「日本語表現」と格闘していました(笑)。

――教科書は、研修期間内の成果物のひとつだったのですね。研究の成果についてもお聞かせください。

研究課題は「創造性を支援するソフトウェアの研究」と「高等教育に関する研究」でした。特に教育について、アメリカの大学教育はどのようになっているのか、大変興味がありましたね。UCバークレーの学部の授業参観のほか、スタンフォード大学の教育学の大学院のゼミに参加してきました。教育学の先生と話をしたのですが、いずこも悩みはほぼ同じで、スタンフォード大の学生でもサボっちゃう人はやはりいるわけです(笑)。

研究課題と並行して「語学としての英語習得」も今回の研修の目標のひとつでした。もう一度英語を学び直してみたかったんです。数週間のあいだ週2回のペースで2度にわたり語学学校に通ったのですが、普段教える側にいる私が、学ぶ側になってみて感じたのは、学んでいると先生なんてどうでもよくなるということ(笑)。いっしょに学ぶ生徒と仲良くなる、それが楽しいんですね。ああ、そうだった!と、学生の頃を思い出してしまいましたね。それと、やはり学ぶこと自体も楽しい。それは、自分の成長を感じられるということ。何でもいいから本気で取り組むと、次には前にしようとしたことが簡単にできるようになっているので、自分が成長していることを感じられるわけです。学びに対して腰が引けている状態とか、仕方なくやっていると、成長は望めないですよね。久しぶりに学ぶ側に立ったことで学びを考え直す機会ともなり、本当に良い経験でした。

●授業風景BID_01 ●授業風景BID_02
Berkeley Institute of Design(BID)におけるゼミの様子

――IT関係では世界の最先端でもあるカリフォルニア、シリコンバレーの状況はいかがでしたか?

知人が在籍するシリコンバレーを代表する企業を訪問したり、いくつかの企業視察・イベントにも参加し、ベイエリア(*注)におけるものづくり文化の状況に触発されました。また、最先端のITサービスも実際に使用してみました。Amazonは食料品を即日配達するサービスのほか、映画やドラマのオンデマンド配信も行なっています。無線タクシーのようなスマートフォンを活用したUberも、便利です。スマホで行き先の住所を入力した後、呼び出して、乗車。現地に着くと“Thank you”と言うだけで降車して良いのです。スマホに登録したアカウントによるクレジット決済なので、現金で支払う必要がないばかりか、クレジットカードすら提示しなくても良い。この夏、東京の一部でもUberのサービスが開始されたようですね。交通システムでは、ほかにカーシェアリングのZipCarなどがあり、インターネットやスマホのアプリで予約し、1時間単位で車を借りることができます。1日70ドルくらいで使えて重宝しましたね。

●zipcar_01 ●zipcar_02
カーシェアリングサービスZipCar

カリフォルニアはいま、非常に好景気です。消費文化を支えているのはいうまでもなく、IT産業が繁栄しているおかげなのですが、日本との大きな違いは「いま無いものをつくる」ということ。ソフトを企業ごとにカスタマイズしてつくるのではなく、これからの社会に必要とされるであろうサービスを開発している。中小のIT企業は、自社じゃないとできないプログラムを開発して、会社ごとグーグルやアップルなどの大手のIT企業に売り込む。会社自体が商品になっていると感じます。買った側は自社のサービスとしてビジネスチャンスを拡張できる。売った側は親会社の高い株を得たり、移籍した社員も大企業の高待遇を受けられる。双方がハッピーであり、win-winの関係になれるわけです。日本とアメリカでは情報産業の構造自体が違うと感じました。

●google ●apple
企業見学、未来大の院生と訪問

――1年間のアメリカ暮らしで見えてきたこと、感じたことは?

日本で過ごしていては見えないもの、学べないものを得られたのが何より大きいですね。人々の社会への参加形態、価値観など、実際に暮らしてみて初めて実感、体感できたような気がします。教える側から学ぶ側になってみる、あるいは眺めているだけの側からその地で生活する側に身を置くなど、まさに学び直しの1年間でした。

――これから学ぶ人たちへのメッセージを最後にお願いします。

情報技術は世界を変化させる原動力になっており、変化はずっと続きます。このような社会の中では、常に広い視野に立ち、世の中で何が起こっているかを見続けることが必要だと強く感じます。

(*注)サンフランシスコ湾の湾岸地域のこと。

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