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2005年に公立はこだて未来大学システム情報科学部の教授に着任。07年には日本認知科学会会長も務められ、12年から本学副学長、そして今年2016年4月より中島秀之前学長のバトンを引き継ぎ、学長に就任。ということで、今回のFunBoxは片桐新学長への突撃インタビュー。東大時代の運命の出会いとは? スタンフォード大で得た生涯の“友”とは?などなど、投げかけた質問は5つ。興味津々のエピソードを交えて新学長の素顔に迫ります。

1. 人生を決めた一冊とは?

funbox201605-1大学までずっと実家から通っていました。少年時代は推理小説が好きな一方、体を動かすことも大好きで、中学・高校はバスケットボールで汗を流していました。勉強の課目では物理や数学に興味があったので東大理科一類に進んだのですが、電気電子工学部2、3年のころかな、物理はちょっと自分には違うかな、と思い始めて…。学部のとなりが安田講堂、そこに生協書籍部があって、暇をみつけてはよく通いました。面白い本が結構あるんですよ、大学の書籍部って。そこで手にとった一冊の本が、コンラート・ローレンツの『鏡の背面』。私にとっては、「認知科学」の領域に踏み出したきっかけであり、人生を運命づけた本でした。

先日、ライブラリ(図書館)から借りてきてパラパラと読み返したんだけど、なんかすごく難しそう、こんな本よく読んだなー(笑)。著者のローレンツはオーストリアの動物行動学者で、生まれてすぐ目にした動くものを親だと思い込む現象「刷り込み」の研究者としても知られていますね。この本で語られているのは、ヒト(生物学上の種としての人間)の心も進化の産物であるということ。単細胞生物から進化を経てヒトにまで至るという生物の進化論は学校で学んで知ってはいるけれど、精神的な面も含めてというのは、普通、学校では習わない。ヒトの心も進化によってできているという考えが、とにかく面白かったし斬新だった。一般に、鏡は現実の世界を映すものですね。著者は、ヒトの心も現実の事象を映し取って認識するとして、ヒトの心を鏡に例えています。すべての鏡には物理的な実体として背面(裏側)があるように、ヒトの心である鏡(認知機構)にも背面があり、この本ではそれを扱っている。東大時代に『鏡の背面』との出会いがあって、認知科学を研究する今の私があるわけで、そう考えると感慨深い本ですね。

 

2. ところで、なぜ「認知科学」?

70年代後半、東大のなかで人工知能(Artificial Intelligence)に興味をもっている学生が集まって研究を始めた。最初は4人で始めたのかな? その後どんどん増えていったんですが、学生中心でやっていたのがよかったと思いますね。同じころに認知科学会を作ろうという話が持ち上がり、学会設立前に東京理科大の野田キャンパスでのセミナーに行かせてもらったりして。アメリカから帰ってきて今はもう偉くなってしまった諸先生がまだ若手でバリバリのころに接触できたんですね。いま思い返すと大学の研究室よりは、外の世界で学び、交流していた環境のほうが刺激的で面白かったような気がします。

心理学はもともと心の科学なんですけど、それまで実験で計れるものだけを扱う実験心理学がありました。これに飽き足らない、「考える」とか「理解する」など、心のはたらきやそのプロセスに踏み込もうとして新しい分野として出てきたのが認知心理学。そこに計算機科学(Computer Science)が入ってくる。記号処理の考え方、技術手段として、思考や心についてもいろいろ語れるのではないか、と。心理系と計算機系、発想は違うんだけど、それが交わることがある意味興味深かった。さらに哲学系の人も入ってきて、なんかややこしいこと言うんだけどね(笑)、そういう異種交流に想定外の面白さがありましたね。互いの方法論や知見を交流させることによって、強力かつ新たな分野が出現するわけですから。

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そうこうして心のはたらきを解明するための学問、「認知科学」が萌芽していく。私自身は認知科学のなかでも「言葉」に興味があったので、言語学の分野から研究を続けています。81年に大学を卒業して、日本電信電話公社(現NTT)に入社。時は第2次AIブーム、第5世代コンピューターが走り始めたころです。機械翻訳(ある自然言語を別の自然言語へ機械的に変換すること)の研究が本格化し、NTTではそのグループの配属となり、機械翻訳の中心的存在だった京大に派遣されたのもラッキーでした。大学ですから、機械翻訳だけではなく、心理とか言語のさまざまな知り合いも得ることができたし。さらにスタンフォード大へ行くチャンスにも恵まれました。当時のスタンフォードは新しい言語理論研究の中心的存在で、その集大成的な本の翻訳をやらないかとお声がけをいただき、5人ぐらいのグループで訳しましたね。

その後は「対話の現象」にずーっと興味があったので、95年に国際電気通信基礎技術研究所(ATR)へ。知能映像通信研究所室長を務め、02年からはメディア情報科学研究所所長。今で言うところの非言語情報、ジェスチャーや声の調子から図表の利用まで、言語以外の部分で何を伝えているのか、相手側の人間の行動がインタラクションのなかでどのような効果を持つのか、といった研究に取り組んでいました。対話というと二人なのですけど、もっと大勢と会話するとどうなるのか、「多人数会話」はATR時代から今も継続して取り組んでいる研究です。

たとえば「お昼ごはん、何食べに行く?」といった軽いものから、「新幹線のルートはどうするか」「ゴミの処分場を作るのはイエスかノーか」といった重めのテーマまで、話し合い=多人数会話があります。何のために会話をするのかというと、何らかの結論を出すためです。これを「合意形成」というのですが、合意を形成するために会話をしている場面を研究の題材にしたほうが、現実世界に近い。ロボットとお友だちのように会話できるようになるのは、ずーっと先の話であり、現時点では無理。それよりも役に立つ情報を提示していくことなど、現状の延長線上でできることはまだまだありそうです。

 

3. リーダーとして心がけていることは?

先日、事務局の人と話をしていて聞かされたことがあるのですが、「ある先生の弁。片桐先生は仕事が早い、とにかく先手を打って、しかも割り振りが的確で公平だ」と。うーん、そうなのかな? そんなこと言われたのは初めてで。ATR時代は人に仕事を任せるのが下手だと言われ続けていましたから(笑)。そのほうが自分としては心当たりがある。任せるよりやっちゃったほうが早い。でもどこかの時点で、これはやってはいけないんだと自覚し、意識的に人にまかせるように努力しましたね。課題にもよりますが、大筋できていればOK、細かなところはやり直しはしない。テニヲハの部分にこだわりだすとキリがないですから。公平性に関しては、そこはしっかりと心がけるようにしていますね。ATRの室長になってからですね、ここはちゃんとやらんといかんな、と思って。

 

4. カタギリ・ヤスヒロの自己分析像を

個人的には猛烈にこだわる部分はあるんですけど、そこから外れちゃうとかなりゆるいです(笑)。周りの人がそうしたいのなら、それでいいんじゃないか、と。こだわりを強引に押し通したり、強く主張はしませんね。でも、こだわる部分、譲れない部分は、かなり小さいです(笑)。そのかわり、この小さな部分に誰かが踏み込んできたら、絶対譲らないぞという頑固さが立ちはだかる。

たとえば…研究テーマの選定はもちろんそうですが、あと自転車ですかね。十数年前に自転車の長距離ライディングに参加するために初めてフランスへ行ったときのことです。どこまで走っているのか個人個人の走行をインターネットで確認できたのですが、私は途中でリタイアしちゃったので、走行の追跡掲示が突然途絶えてしまった。それを妻が見ていて、めちゃくちゃ心配したらしい。リタイアした当人は、どうやって帰ろうかそっちを考えるのでいっぱいいっぱいで。そんなこともあって「もうやめてほしい」と妻には言われるんですけど、私としては当然聞く耳持たずなわけで。このこだわりの領域には、妻でさえ立ち入れない(笑)。

 

5. 自転車愛、その深さはどれくらい?

そんなに自転車歴があるわけじゃないんです。90年代の初めころから通勤でマウンテンバイクに乗ってはいましたが、一番の契機はスタンフォードへ行ったとき。あそこは自転車のメッカで、乗っていて楽しいルートがたくさんあるんですよ。そのころに、レースではなく完走すればよいという長距離ライディングの大会があることを本で知って、でも走り込み実績など参加資格がわりと厳しくて、初心者の自分には無縁のものと思っていました。

帰国してまもなく、日本でも長距離大会が初開催されるというので、思い切って参加してみることにしました。初心者でもOK、とにかく制限時間内にゴールすればいいというので。厚木スタートで富士山の山中湖、河口湖、精進湖を回って戻ってくる200kmのコースですが、長距離なんて初めて走るわけですし、びくびくしながらの参加でした。案の定、どんどん遅れる、坂は登れない、ほぼ最後方。惨憺(さんたん)たるありさまだったのに、この大会に参加したのが私にとっては誇りになっている。今でこそ全国各地で大会が実施されるようになりましたが、この日本初の大会から参加している人はなかなかいないんですよ。自転車との関係性をより深めてくれた、今に続く私の自転車ライフの起点ともいえますね。

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長距離ライディングの大会参加は今も続けていますよ。今年も2月に1回参加しました。タイム? 200km、10時間かかりましたねー。通勤の足も自転車です。雪道、アイスバーンでも全然だいじょうぶ。タイヤはスパイクですし、歩くよりずっと安全ですよ。寒さに関してはたくさん着ればいいわけで。「なぜそこまでして自転車に?」とよく聞かれますが、とにかくこの身軽さと自由度は手放せません。クルマのようにパーキングの心配もしなくていいし、小路もスイスイと入っていけるし。街なかだと移動効率はクルマとそんなに変わらない。これからの季節は遠乗りが楽しいですね。恵山のほうに出かけ、元気があれば森町を回って、大沼、城岱を越えて帰ってくる。トータル100km弱くらいでしょうか。特別なトレーニングはしていません。自転車に乗るために、日々自転車に乗るだけ。北海道に来て10年経つんですが道東方面にはまだ行ったことがないので、釧路、根室、知床、網走…走ってみたいですね。

 

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中学・高校は推理小説が好きなバスケ少年。東大時代に運命の本と出会い、認知科学の領域へ。自称わりとゆるい(?)リーダーですが、超ピンポイントで誰にも譲れないこだわり部分が存在するらしい。自転車の話になると、目を輝かせ、笑顔尽きぬ表情に――。インタビュー前、駐車場の片隅で手を真っ黒にして愛車のメンテナンスをされていた姿が印象的でした。
 
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