五稜郭設計者・武田斐三郎（たけだ あやさぶろう）は西洋の自然科学や技術が蝦夷地開拓に必要と考え、蘭学・航海・測量・砲術・築城・造船・化学・器械の諸学を伝授する学校「諸術調所」（しょじゅつしらべしょ）を箱館に開きました。当時としては珍しく身分を区別せず、試験の成績で学生を入学させました。全国から諸術調所を目指して集まった学生の中から前島密（近代郵便制度の創設者）、井上勝（日本の鉄道の父）、吉原重俊（日本銀行初代総裁）、蛯子末次郎（開拓使船長・航海者）など数多くの優秀な人材が育っています。箱館の開港は、先端的学問に目を向ける意識を地域にもたらし、120年後の「函館に国立大学設立」の願いへと綿々と受け継がれてきたのではないでしょうか。

函館に国立大学設立を実現するために、1976年国立函館大学誘致促進期成会が発足。しかし、国の方針で国立大学の誘致を諦めることとなり、公立か私立のどちらかを選択することになりました。当時の函館地域のテクノポリス構想と共に地域の優位性を高めるねらいもあり、1996年学年定員240名の情報系の公立大学設立の骨格が定まりました。大学設置検討委員会にはフィールズ賞受賞者・広中平祐氏が加わり、若手気鋭の研究者を中心にワーキンググループである計画策定委員会を組織して、プランの肉付けを進めました。そこでは、日本ではまだ珍しい試みとして「複雑系科学」を学部のカリキュラムとして展開することや、函館ならではのバイオロジーと情報系の融合を大学の特徴とすること、そして「情報デザイン」のコンセプトなどが議論されました。

大学の学問領域を検討していく中で、コンピュータ・アーキテクチャからデザイン、芸術や建築までをも包含してイメージできる「情報アーキテクチャ」という言葉が浮上します。「複雑系科学」「情報アーキテクチャ」という2つの柱から「科学」「情報」という言葉が切り出され、そこに「システム論的な視点で情報を科学する」という意味を込めて、「システム情報科学」という名称で全体像を捉え学部名としました。こうして「システム情報科学部」を構成する「複雑系科学科」「情報アーキテクチャ学科」という学科名称が決まりました。

さらに、未来大の教育を特徴づけるプロジェクト学習など先進的な教育方法を取り入れたカリキュラムを考え、企業の実践的研究者であった人たちを数多く教員として迎え、それまでの大学の概念を覆すような新しい大学づくりを着々と進めました。

大学名称は公募した中から、いくつかの案を融合させ、複数の自治体との広域連合であることから、函館市一市のみを連想させる漢字表記ではなく「はこだて」とひらがなにし、さらに工科大学や情報大学といった特定の分野を連想させる言葉を使わず、可能性の広がりをもった名称ということで「未来大学」を選びました。

シンボルマークの5つの球体は、人間、科学、情報、文化、自然をバランスよく融合させ、社会的に優れた人材の育成を表現。また、函館市が世界都市を目指す5つの基本目標と、函館圏公立大学広域連合の構成自治体である函館市、上磯町、大野町、七飯町、戸井町（当時）の1市4町を表し、多大なる支援をしてくださる地域の皆様を象徴しています。

大学の中で起きていることが手に取るようにわかる機能をもつ建築物のあり方が模索されるとともに、函館湾を一望する丘陵地という立地を生かし、外にも内にも明るく見通しのよい建物という要望が立てられました。こうした条件から、壁を取り払ったフリースペースに重きをおく「オープンプラン」といわれるスタイルが、大学の理念を具現化するうえでも、活動を機能的なものにしていくうえでも重要であることが確認され、本学の空間を特徴づける中心的な考え方として位置づけられました。

階段状になった5層のフロアに、教員の研究室を配置することで、スタジオで活動する学生と教員の動線や目線が、広い範囲で常に交錯するような関係を形成しました。

2001年には、第26回北海道建築賞、第14回北海道赤レンガ建築賞を受賞。2002年には日本建築学会賞受賞。

開学前に作られた最初の大学案内で伊東敬祐初代学長は「化けましょう」というメッセージを出しました。《公立はこだて未来大学は大きくブレークする可能性を持っています。世界の中で一目置かれる大学になっていこうと思っています。「大学が化ける」ときは、「学生が化ける」ときです。みなさん、私たちといっしょに“化け”てみませんか？》というメッセージが、受験生たちの目を引きました。思いを込めたユニークなメッセージ、足で高校を回っての熱心なPR活動、マスメディアを通じた話題性の広がりが功を奏して、新設校にも関わらず全国から1968名が受験し、8.8倍という高い受験倍率のなかから、1期生251名が最初の未来大生となりました。

1期生が3年生になるのに伴って、2002年度から「プロジェクト学習」の授業が開始されました。3年生全員と教員全員が、プロジェクトのテーマごとに分かれてグループを組み、1年間をかけて課題に取り組むこのスタイルは、当時、他に先例のない本格的な実践重視の科目でした。初めての試みに手探りで挑みながら、学生と教員が一丸となって各テーマに取り組み、今日まで引き継がれるプロジェクト学習のパイロット・モデルが構築されていきました。

第1期の卒業生を送り出す2004年を1年後に迎えるにあたり、大学院「システム情報科学研究科」を開設しました。「情報アーキテクチャ」「メディアデザイン」「複雑系情報科学」「知能情報科学」の4つの研究領域を基盤としつつ、領域を超えた実践的研究に取り組めることが特長です。

入学から卒業までの一巡を経験したことで、ようやく大学の骨格に中身を整えていく過程「概成期」に入ります。この年、草創期を担ってきた伊東敬祐初代学長からのバトンを受けて、情報科学、人工知能では日本を代表する研究者の中島秀之が2代目学長に着任。また、共同研究の外部資金を増やすためにも「共同研究センター」を開設し、産学官連携や共同研究等の推進支援、さらには知的財産活動のための組織的な推進体制づくりを始めます。

同年、コース制開始。

大学院の施設として、本部棟西側に新たに研究棟を増築。また、首都圏での教員の研究活動、学生の就職活動、首都圏の同窓会活動、東京でのプロジェクト学習成果発表会等の支援拠点として、秋葉原にサテライトオフィスを開設しました。

2002年に導入したプロジェクト学習が本学の特色ある大学教育支援プログラムとして評価され、文部科学省の助成事業として助成されることになりました。これを機会にそのパイオニアとしてプロジェクト学習を広く全国へ啓発していくとともに、その特色ある内容――他者との協調的学習、複数の教員によるチーム・ティーチング、社会の実問題への取り組みといったコンセプトを、さらに洗練したものへ深化させていきました。

イカロボットのプロトタイプ（現IKABO1号機）完成。

それまで函館の学内だけで行っていたプロジェクト学習成果発表会を札幌と東京で行い、特色ある研究活動や学生の学習に対する取り組みの姿勢を広く知ってもらう機会を設けました。学生たちも学外で話すことで、社会へのプレゼンテーションの難しさを体験するとともに、社会のニーズや課題を知る機会となっています。

同年、函館市高等教育機関連携推進協議会（2008年からキャンパス・コンソーシアム函館に名称変更）設立に参加。

公立大学においても大学運営の自立化が進み、2006年4月に法人化検討委員会を設置し、2008年4月法人化実施を目標に準備を進めることが決定されます。目指す法人化の趣旨として、活性化された組織の維持、地域連携・産学連携のさらなる強化・推進を目的に、迅速な意思決定、目標を明確にした経営戦略、弾力的な雇用形態・勤務形態等の導入、より効率的・弾力的な運営を図ることなどが挙げられました。こうして法人化に伴い、公立大学法人公立はこだて未来大学としての新たな運営体制がスタートしました。

また、学生および教職員スタッフの学びを充実させるため、メタ学習のプロセスを重視する教育を主導していくメタ学習センターを設置しました。

函館市内の複数の会場を使い、子どもから成人までの多様な参加者を対象とした地域ぐるみのサイエンスフェスティバルを始めました。今では協力機関やボランティアの輪も広がり、函館を代表する夏の恒例イベントになりました。

未来大初のドクター（博士（後期）課程修了者）1号誕生（寺沢憲吾氏、2020年現在未来大准教授）。

先端的教育を目指して改善・改革を積み重ね、地域の皆様と教職員が協働してつくってきた歴史を振り返り、『開学10周年記念誌』を制作。新たな試みとして、複雑系科学科と情報アーキテクチャ学科を情報アーキテクチャ学科と複雑系知能学科に再編し、大学・大学院一貫（6年生）の高度ICTコースを開設しました。10周年を機に翌年2011年に寄附の窓口となる公立はこだて未来大学振興基金を設立しました。

同年、北海道大学大学院情報科学院と特別研究学生交流協定を締結。

受動歩行とはモーターやコンピュータ制御を使わず、ルームランナーの動きの力を得て振り子の原理で足を交互に踏み出す仕組み。軽くて壊れにくく、安定した歩行を続けられるかが鍵となります。挑んだのは、当時大学院博士（前期）課程1年の力石直也さん（23）ら学生3人でした。

重点研究・戦略研究の組織的な発展を支援する新たな制度として、「コラボラティブ・ラボラトリ」（略称: コ・ラボ）をスタートさせました。専用施設や専従研究員などは持たず、全学の教員を横断して柔軟に編成して研究を行うプロジェクト型の研究所です。

また、「メタ学習ラボ」（メタラボ）という学習支援の取り組みを始めました。これは、成績などの要件を満たした学生が専門的な研修を受けて指導役となり、授業で学習する内容（学部1～2年生の内容を意識）につまずいて困っている学生に「学習の方法」を個人指導するものです。

共同研究センターを社会連携センターに発展改組。

全国の情報系の特色あるカリキュラムを持つ大学が連携し、相互に授業や実習を学生が受講できる産学協働の実践教育ネットワークが始まりました。4分野における高度IT人材の育成を目指し、リアリティの高い講義や演習など、特色あるプログラムを通じて実社会においてイノベーションを起こすことができる人材を輩出します。

北海道新幹線の道内の玄関口となる北斗市が、ご当地キャラクターとして、本学の学生がプロジェクト学習でデザインした5つの案から市民投票で選びました。北斗市特産のホッキ貝、地元ブランド米の「ふっくりんこ」で握った寿司をイメージしています。

水産資源の街・函館には水産・海洋分野の優れた学術研究機関や関連企業が集まっています。函館市国際水産・海洋総合研究センターはこうした産学官の研究拠点として建てられました。本学もマリンITのプロジェクトを推進し、水産資源の課題解決に情報科学が貢献していく機会創出のために、サテライトラボを置きました。

本学の研究、教育、社会貢献の活動成果を出版という形で発信していくために設立しました。2020年3月現在までに5冊を出版しました。

• 『情報表現入門　Processingプログラミング』（美馬義亮【著】）2014年4月
• 『マリンITの出帆　舟に乗り、海に出た研究者の物語』（和田雅昭/マリンスターズ【著】）2015年3月
• 『知能の物語』（中島秀之【著】）2015年5月
• 『未来を創る「プロジェクト学習」のデザイン』（美馬のゆり【編著】/冨永敦子・田柳恵美子【著】）2018年9月
• 『スマートモビリティ革命：未来型AI公共交通SAVS』（中島秀之・松原仁・田柳恵美子【編著】/スマートシティはこだてラボ＋未来シェア【著】）2019年3月

同年、東京虎ノ門にサテライトオフィスを移設。

地域情報化大賞は地域課題の解決に資するICT利活用の事例を主に独創性・先進性、継続性、波及効果の3つの評価軸で審査され、マリンIT・ラボの「うみのアメダス」を用いた海洋環境の見える化による養殖業の支援と、「うみのレントゲン」を用いた水産資源の見える化による漁船漁業の支援を通じて、資源回復と技術継承を実現した取り組みが評価されました。

同年、公立はこだて未来大学出版会より、マリンIT・ラボ長の和田雅昭教授の書き下ろし著書『マリンITの出帆ー舟に乗り、海に出た研究者の物語』が刊行されています。

同年、情報システムデザインセンターを設置。

学内の情報通信システム開発を通して、その技術や知見を地域社会のシステム開発に役立てようと発足しました。地域や企業の要望を聞き、それぞれの課題に合ったプロジェクト学習テーマを立て、取り組んだ結果について地域や企業からフィードバックをもらうことでさらに学びを進めていく仕組みです。

少子高齢化に伴い、働き手不足と高齢者はじめ市民の移動をサポートするために、乗合交通の需要が高まっています。AIを使い、タクシー（デマンド交通）と路線バス（乗合い交通）の長所を融合し、公共交通、観光、医療送迎、スクールバス、商業施設送迎、物流等、様々なサービスにおける移動交通の効率化します。無駄のない安心・安全な交通の実現と、移動を伴うサービスのクオリティ向上を図ります。

ATRメディア情報科学研究所所長だった片桐恭弘が3代目学長に就任。

数ある作家賞の中で、日本で唯一人間が書いた作品でなくても応募できる賞、それが星新一賞です。未来大では2012年9月から松原仁教授を中心にプロジェクトチームを組み、星新一のショートショート全編を分析し、エッセイなどに書かれたアイデア発想法を参考にして、人工知能におもしろいショートショートを創作させています。やっとこの年、1次審査を通過するまでに“学習”しました。

先進的な人工知能技術の研究開発を支援し、その成果を社会の課題解決に活かすため、自治体，地域企業と連携した道内大学初の人工知能研究拠点を開設しました。（1）モビリティIT分野（フルデマンド＆シェア型交通システム「スマートアクセスビークルサービス（SAVS）」の社会実装等）、（2）マリンIT分野（総合的な水産・海洋情報学の研究開発、社会実装、普及等）、（3）メディカルIT分野（遠隔医療支援、リハビリ支援装置の開発等）、（4）ミュージアムIT分野（地域の文化財・歴史・観光資源の集積、オープンデータ化）の4つの研究プロジェクトに重点を置き、函館、道南といった地域の生活・産業・文化を今後どのように維持発展させるかという課題にも取り組んでいます。

同年、ライブラリの夜間利用（22時まで無人運用）を開始。

地域経済の活性化を目指し、本学が持つ人工知能（AI）技術をはじめとする知的財産や研究シーズの事業化を推進する計画が始まりました。この計画を通して、企業と大学のネットワーク作りを強化して、産業界でのAIやIoT活用の期待に応えていきます。

「地域新成長産業創出促進事業費補助金（地域未来オープンイノベーション・プラットフォーム構築事業）」に採択され、AI、IoT分野の機器開発・研究開発に必要な「試験・評価・研修機器」を一体的に整備し、地域ものづくり企業のIoT機器等開発支援、ビッグデータ収集およびAI技術の活用に向けた技術者育成支援、水産業・食品加工・観光・物流等の各分野連携企業へのシミュレーション支援といった包括的な支援を行うプラットフォームを構築することになりました。

また、「産学連携とオープンイノベーションで日本の科学技術を振興する」ことをミッションとした産学連携支援事業「epiST株式会社」と連携。AI研究の社会実装の加速化を図ります。

東京本郷にサテライトオフィスを移設。

開学20周年を迎えることを契機に、海外へ留学する学生の経済的支援を行うため、「海外留学助成制度」を創設。学術交流協定を締結している海外の大学（※1）への留学を促進し、グローバルに活躍する人材を育て、大学の国際競争力を高めるのが狙いです。

※1: 13カ国27大学と学術交流協定を締結（2019年4月現在）

卒業生たちの活躍は目覚ましく、音知覚装置「Ontenna」を開発した本多達也さんもその一人です。「Ontenna」はろう者が周りの音や声を光や振動の強さやパターンで聞き分けられる装置です。本多さんは学部1年の時にろう者と出会い交流を通して、ろう者の課題解決に関心を持ちUIデザインやインターフェースの勉強を通して在学中にプロトタイプ完成まで漕ぎ着けました。大学院博士（前期）課程を修了後、一旦就職しますが、Ontennaの完成と普及までを目指して転職し、たくさんのサポートに支えられながら2019年に市場に送り出しました。

この挑戦が認められ、世界有数の経済誌であるフォーブス（Forbes）が公開した「30アンダー30」アジア版に選出されました。「30アンダー30」はスポーツからEコマースまで、10分野における「30歳未満の重要人物」を30名選出するもので、このうち「インダストリー&マニュファクチャリング」分野において選ばれました。

2000年に開学して20年間で3,789人の学部卒業生、626人（博士（前期）課程580人、博士（後期）課程46人）の大学院修了生が巣立ち、大学での経験を活かし、社会に寄り添い、未来を創る仕事に携わっていることは本学の誇りです。起業して独自のイノベーションを展開している人、地域の課題に取り組んでいる人、教員として戻ってきた人など活躍の場はさまざまです。

20周年から30周年の間には、創成期の教員が定年を迎え、大学づくりのバトンが若い教職員へと世代交代します。そして、これからの10年の変革を象徴することになるであろう事件が、2020年の新型コロナウイルス感染の拡大です。世界中で人、物、経済がブロックされていく中で情報だけは止まること無く、感染対策、情報共有、教育活動、仕事や経済活動などを支え、そのポテンシャルの大きさに誰もが気づきました。この構造は、気候変動や高齢化社会をはじめとするこれからの社会を取り巻くさまざまな課題に共通します。情報科学への期待が高まり、さまざまな分野と融合した社会デザインのちからがより一層求められていきます。