ネズミイルカの知覚と行動に関する生態心理学的研究
● 研究組織
オーガナイザー
松石隆(北海道大学大学院水産科学研究科助教授)
● 参加研究者
伊藤精英(公立はこだて未来大学システム情報科学部情報アーキテクチャ学科講師)
松石隆(北海道大学大学院水産科学研究科助教授)
鈴木健太郎(札幌学院大学人文学部助教授)
飯田浩二(北海道大学大学院水産科学研究科音響資源計測学分野教授)
佐々木正人(東京大学大学院情報学環教授)
西脇茂利(財団法人日本鯨類研究所調査部長)
籠島賢二(株式会社小樽水族館公社飼育部魚類飼育課課長)
● 研究協力者
臼尻漁業協同組合
久二野村水産株式会社
株式会社小樽水族館公社
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター臼尻水産実験所
平石智徳(北海道大学大学院水産科学研究科助教授)
● 伊藤研究室の研究分担
心理学的実験の立案
得られたデータの解析
● 概要
人を含めた動物は行動するために見,聴き,嗅ぎ,触り,そして味わう.と同時に,これら知覚をするために動物は行動する.つまり,知覚と行動は分かちがたく1つのサイクルとして結びついている.知覚と行動のサイクルを可能にしているのは環境内に存在している知覚的情報である.利用される情報と関連づけて知覚と行動を解明していこうとする心理学の学問分野が生態心理学である.
ところで,ネズミイルカは北大西洋などに多く生息しており,我が国では東北地方から北海道沿岸に生息している.しかし,ネズミイルカの生態に関してはまだ未解明な点が多々残されている.エコーロケーションの生物音響学的研究は認められるものの,認知心理学的研究や生態心理学的研究はほとんど見られない.とりわけ,ネズミイルカのエコーロケーションを用いた知覚と彼らの行動との関連性は,漁業関連産業及び資源保護の観点からの必要性は認められつつも,全くといってよいほど未解明である.
そこで,我々は,函館沿岸に生息するネズミイルカを対象として,彼らの知覚と行動を生態心理学の立場から明らかにすることを目的として研究プロジェクトを実施している.
● 具体的研究課題
具体的には以下の研究課題が進行中である.
1 噴火湾沖で定置網に混獲されたネズミイルカを水槽に収容し,新規な環境に適応して行く過程を解析する.
2 ネズミイルカのアフォーダンス知覚に関連する要因の解明を行う.
3 エコーロケーションによる環境の探索と行動の制御との関連性を解明する.
● 研究で得られた結果の応用の可能性
1 漁網への混獲の防止
毎年,噴火湾において定置網に少なからずネズミイルカが混獲されてしまう.これは資源保護の観点から重大な問題となっている.ネズミイルカの行動に関連するアフォーダンス知覚やエコーロケーションが明らかにできれば,イルカが入り込まないような漁網のデザイン,混獲を防止できるような装置の開発に応用が期待できる.
2 盲人用感覚代行機器への応用
イルカは優れたエコーロケーション能力により環境を探索し,自らの行動を制御していることが十分考えられる.盲人も同様に,外界の音を利用して周囲を認知している.ネズミイルカのエコーロケーション能力の解明は,盲人が外界の音をさらに有効に利用できるようにする装置(感覚代行装置)の開発に応用できることが期待できる.
● ネズミイルカ研究プロジェクトの経過
2002年4月11日
定置網に雄個体3頭混獲収容.うち2頭生存(ヨシオ・リュウヤ),1頭死亡(死因:溺死).
水槽内の映像と水中音を連続記録開始.
2002年4月24日
生存個体2頭を小樽水族館に移送.
小樽水族館水槽に入った後,48時間連続して水槽内の映像と水中音を記録.
定置網に雄個体1頭混獲・収容(ナオト).
水槽内の映像と水中音を連続記録開始.

水槽内のネズミイルカ
2002年5月16日
生存個体1頭を小樽水族館に移送.
小樽水族館水槽に入った後,水槽内の映像と水中音を記録.
2003年5月
小樽水族館にて,アフォーダンス実験準備(予定).
2003年6月
小樽水族館にてアフォーダンス実験第1シリーズ開始(予定).
● ネズミイルカとは
ネズミイルカ harbour porpoise; Phocoena phocoena
沿岸性の小型鯨類.体長1.5m.大西洋ではニシン刺し網での混獲により個体数が大幅に減少している.日本近海にも分布するが個体数・混獲状況等は不明. 東北地方及び北海道沿岸にも分布しており,毎年4月頃函館沿岸の定置網漁網に混獲されてしまうことがある.