障害者の権利条約と
 
障害者雇用

長瀬修
東京大学大学院経済学研究科特任准教授

2007831日 17:30-19:30

公立はこだて未来大学

北海道障害学研究会

概要

l  障害学

   社会モデル

   文化モデル

   障害者自身の参画

l   障害者の人権

l   東京大学の取り組み

l   国連障害者の権利条約

l   身近な取り組みの大切さ

 

障害学と障害者の人権

l  社会モデル

   障害者が問題なのではなく、障害者とされている人を取り巻く社会、環境の問題

   「できない」のは、本人の責任か?

   「合理的配慮」の提供がないことは障害者への差別

   合理的配慮の例

l  スロープ、車いす用トイレ、点字資料、拡大文字資料、電子データ、手話通訳、筆記、分かりやすい資料、勤務時間の変更

障害学と障害者の人権

l  文化モデル

   障害者の生を一つの文化として位置づける。

   盲文化

   ろう文化

障害学と障害者の人権

l  障害者自身の参画

  2004 年の障害者基本法改正による障害者施策への障害者自身の参画促進(中央障害者施策推進協議会への障害者自身の参加)

   「私たちを抜きにして、私たちに関することを決めないで」 Nothing about us without us!

 

障害者の人権 の基本

l  障害者であることで殺されないこと

   ナチスドイツの障害者「安楽死」計画

l   障害者であることで不利に扱われないこと

   障害を理由とした不当な利用制限

l   障害に応じた配慮を得ること

   「合理的配慮」の提供義務

   「特別扱い」

 障害学の影響の例

l   東京大学の取り組み

   障害者支援ではなく、バリアフリー支援

l   障害者の権利条約

   社会モデルが背景

 

 

 

東京大学のバリアフリーの取組み
障害学的取り組みの1

l   障害者支援ではなく、バリアフリー支援

l   障害学的な理念に基づいた取り組み

   社会モデル(バリアの除去)

   文化モデル(多様性としての障害)

   障害者自身の参画(盲ろう者である福島智助教授)

l   障害学生支援

l   教職員支援

l   障害教職員雇用

   雇用率が未達成        

 東京大学
 
バリアフリー支援室

l   200210月 バリアフリー支援準備室発足

l   20044月  バリアフリー支援室発足                                  (副学長・理事が室長)

l   3つの大きな役割

   障害学生支援

   障害教職員支援

   障害者雇用

 

 

 東大の障害者雇用の方針

l   多様性の増進

l   職域拡大

   視覚障害者のヘルスキーパー

   視覚障害者の教務補佐員(バリアフリー支援室)

   知的障害者の事務補佐員

   知的障害者の環境整備チーム(臨時用務員)

   ろう者の臨時用務員

 東大の知的障害者雇用(1)

l  2005 4 月 世田谷区知的障害者就労支援

          センター「すきっぷ」を訪問

l  2005 6 月 経済学部で雇用の検討開始

l  2005 7 月 経済学部での「切り出し」

l  2005 8 月 実習、講習会、経済学部関                            係者の「すきっぷ」訪問 

l  2005 11 月 経済学部が事務補佐員

            採用=東大初

 東大の知的障害者雇用(2)

l  2006 2 月 経済学部が2人目の事務                      補佐員採用

l  2006 4 月 施設部保全課に環境整備

           チーム発足=10 名の知的

           障害者雇用

l  2006 6 月 教養学部が1 名採用

           (図書館)

 経済学研究科・経済学部の
 
知的障害者の業務内容 (1)

l   研究支援室勤務

   印刷作業

   エクセルワードの入力

   不要重要書類のシュレッダー処理

   ニュースレター発送

 

 経済学研究科・経済学部の
 
知的障害者の業務内容 (2)

l   郵便配送、集計等、給湯室清掃

l   資料等コピー、公文書授受簿記載、掲示業務

l   エクセル入力作業、シュレッダー作業

 施設部環境整備チームの
 
業務内容・支援体制

l   本郷キャンパスの清掃作業、ゴミ回収、分別

l   図書館でのICタグの貼付作業(一部メンバー)

l   コーディネーター4名体制(3名フルタイム、1名週4日、1名週4日)

l   月例の会合(施設部、人事課、支援室、就労支援センター)

 

 

 課題(一般就労への課題)

l   仕事以外の面の支援の重要性

l   受け入れた職場側の負担感

l   受け入れ側への支援体制

l   社会性、マナーの欠如

l   職場としてどこまで対応すべきか

 

 

 東大初の知的障害者雇用
 
そのインパクト

l   学内に「新しい風」

l   知的障害者への学内の意識向上

l   知的障害スタッフの意欲を活かせる職場の実現

 

 知的障害職員と学生の交流

l  2006 11 1 日、15 日、22 日にわたって、経済学部の学生が障害学講義の一環として知的障害職員から構成される環境整備チームによる清掃実習の実施

l   知的障害者に関する意識向上

l   環境に関する意識向上

 

 

 

 

 

 

 

2007412日 東大入学式
福島智准教授 祝辞

国連の障害者権利保障
障害者の権利条約への道

l  1971年 精神遅滞者の権利宣言

       (国際育成会連盟の提案)

l  1975年 障害者の権利宣言

l  1976 年 国連総会決議・国際障害者年

l  1981年 国際障害者年「完全参加と平等

l  1982年 障害者に関する世界行動計画

       予防、リハビリテーション、機会均等

l  1983年 国連障害者の10年開始(92年)

国連の障害者権利保障
(2)

l   1987年 「10年」中間年専門家会議

       初の条約提案

       イタリア障害者差別撤廃条約提案

l   1989年 スウェーデン

       障害者の権利条約提案

l   1993年 障害者の機会均等化に関する基準規則 

       アジア太平洋障害者の10年開始(−02年)    

国連障害者の権利条約交渉

l  2001年12月       国連総会決議 (メキシコ)

l  20027月・8月   1回特別委員会

l  20041月          作業部会草案

l  2005 10月     議長草案

l  20061月・2月   7回特別委員会

l  2006 2 月     修正議長草案

l  20068月          8回特別委員会

障害者の権利条約提唱者 メキシコ
ヴィセンテ・フォックス大統領

l  2001 11 10 日 第56 回国連総会において「貧困と社会的排除への取り組み」として開発の文脈での障害者の権利条約提案

l   最も脆弱な集団(vulnerable groups) の排除を許すならば、世界を一層、公正にすることは不可能である。

l   テロとの戦いと開発の促進に焦点を当てた発言

フォックス大統領
14回国際育成会連盟世界会議

l   2006117

l   メキシコ・アカプルコ

l   国際育成会連盟(インクルージョンインターナショナル)第14回世界会議開会式臨席

l   知的障害者、家族、専門家が57カ国から1400名状参加

 

 

 

 

 

 

 

 

 

障害者の権利条約策定過程への
画期的な障害者組織代表の参画

l   障害NGO としての参画

l   政府代表団への参画

l   国際障害コーカス(IDC) の結成

l   日本障害フォーラム(JDF )と日本政府の協議

l   作業部会草案の委員全40 名のうち、12 名は障害NGO 代表という構成

l   精神障害者と知的障害者本人の参画

 

 

 

 

 

 

20061213日の国連総会
障害者の権利条約の採択

l   当初の国際的提案から足かけ20 年目の採択

l  21 世紀初の人権条約

 

 

 条約の構成  

l   前文(a)-(y)

l   1(実体規定:一般規定)

   1-9

l   2部(実体規定:個別規定)

   10-30

l   3部(実施規定)

   31-40

l   4部(最終条項)

   41-50

 選択議定書

l   18

   個人通報制度

   調査制度

 

 主な論点

l   3一般的原則 自己決定、差異の権利

l   4一般的義務 社会権の漸進的実施義務             

l   5平等及び非差別合理的配慮・特定の措置

l   6障害のある女性 独自の条文の必要性

                  前文(s)

l   7障害のある子ども 独自の条文の必要性

                                           前文(r)

l   10生命に対する権利 選択的中絶

 主な論点

l   11 危険のある状況  外国による占領

l   12 法の前における平等の承認 法的能力の解釈=権利能力と行為能力

l   14 条−第17 条 強制的治療・介入

l   19 自立した生活  自立生活の解釈

l   23 家庭及び家族  「セクシャリティ」と性的その他の親密な関係」の削除

 

 主な論点

l   24 教育  

   インクルーシブな教育

   地域でのインクルーシブな教育

   盲・ろう・盲 ろう 者のニーズに合った教育

l   25 健康  性及び生殖に関する保健分

                              野のサービス=中絶

l   26 リハビリテーション  健康との分離

 

 主な論点

l   27 労働

   あらゆる形態の雇用(a)  代替的雇用

   積極的差別是正措置(h)  雇用率

 

 主な論点

l   30 文化的生活  

   文化的・言語的アイデンティティ

   障害特有のスポーツ

l   31 統計とデータ

    政策形成のためのデータ収集とプライバシー

 

 主な論点

l   32 国際協力  独自の条文の必要性

l   33 国内的実施・モニタリング

   国内人権機関

   障害者団体の関与

l   34 障害者の権利委員会

       条約体の改革

 条約の意義

l   パラダイムシフト 人権の主体としての障害者

l   新たな権利の創出の否定

l   インクルージョンと分離

l   選択と強制

l   全員参加の社会への多様な道筋

 日本政府の採択後の発言

l    日本は条約と選択議定書の交渉に積極的に参加してきたとし、市民社会と障害者自身の貢献を評価した。

    (1)障害者の定義は広範な定義が盛り込まれたとし、各国は独自に定義を行える、

    (2)第12条は柔軟な解釈が求められている、

    (3)、国際モニタリングに関して、障害者の権利に関する委員会の設置(第34条)は現実の課題であるとした。国連の資源は無限ではない(日本は1211日の予算に関する第5委員会で障害者の権利条約に関する予算は国連の既存の予算でまかなわれるべきだと発言している。なお、2008年からの2ヵ年で1003万ドル=約12億円が条約関係のために必要とされている)とし、条約体の改革との関連を指摘した。日本は条約が採択されたので、署名、批准のために最善の努力を行うとした。

 採択の現場に立ち会って

l  2006 8 25 日の熱狂

l  2006 12 13 日の静寂

l   無数にある国際的課題の一つとしての障害者の権利条約という現実

l   北朝鮮、スーダン(ダルフール)・・・・

 

2007330日 
署名への開放:署名式

l   国連本部での署名式

  82 の署名数(81 カ国と欧州共同体)(韓国、中国、インド、タイ等を含む)

   1カ国の批准(ジャマイカ)

l  2007 8 27 日現在 

   署名数 102

   批准数 4

 

日本政府の署名が遅れている理由

l  この条約について関係省庁による対応推進チームを作った。対応推進チームでは、担保法令の検討と主な論点について整理をしている。具体的 な論点は

   2 条 合理的配慮の否定を差別とすること

   24 条 インクルーシブ教育

   27 条 雇用における合理的配慮

   33 条 国内の実施機関

日本政府の署名が遅れている理由

l  2007 6 13 日の障害者の権利条約推進議員連盟の会合での政府説明

l  本条約が自由権、社会権の両方にまたがっていること

l  合理的配慮の概念もふくめ、国内法制度との整合性を見ていく必要があること

 

批准に向けての国内の課題

l   批准のための国内法制の見直し

  2009 年の障害者基本法見直しと包括的な差別禁止法制定の課題

   合理的配慮の提供

   インクルーシブ教育

 *女性差別撤廃条約の批准は6 年後、子どもの権利条約の批准は5 年後

 

20061011
千葉県障害者差別禁止条例制定

l   障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例

l   全国で初めての障害者差別をなくすための条例

 

 千葉県障害者差別禁止条例

l   前文

l   1章 総則

l   2章 差別の事案の解決

   1節 差別の禁止等

   2節 地域相談員等

   3節 解決のための手続き

l   3章 推進会議

l   4章 理解を広げるための施策

l   5章 雑則

 千葉県条例の差別の定義

l   この条例において「差別」とは、次の各号に掲げる行為(以下「不利益取り扱い」という。)をすること及び障害のある人が障害のない人と実質的に同等の日常生活又は社会生活を営むために必要な合理的な配慮に基づく措置(以下、「合理的な配慮に基づく措置」という。)を行わないことをいう。

人権はささやかな所から、食卓から

l  In conclusion, Eleanor Roosevelt was once asked where do human rights begin.  She answered ‘human rights begin in small places’.  They begin in shops, in factories and across the kitchen table whenever people talk about right and wrong and justice.  This Convention will ultimately be judged by whether it can reach those small places and bring about meaningful change.

自分と障害・障害者

l  今、障害者である自分、障害者でない自分

l  「正常さ」とは何か?

l   障害者の排除は自分の排除につながる

l   「障害」の取り組みはあらゆる人が可能性を花開かせる社会に向けての努力の一環

l   さまざまな状態の「自分」を含むすべての人のための社会作り

l   自分と家族、地域、国、世界の連帯の道具としての障害者の権利条約