記憶

赤ちゃんの記憶って?

皆さんは、幼少の時の記憶をどのくらい思い出すことができますか?
きっと、誰しも3歳以前の記憶を思い出すことができないと思います。
この3歳以前の記憶を思い出せないことを幼児期健忘[1]といい、誰にでもある現象なのです。
では、私たちが思い出せない「赤ちゃんの時の記憶」は、どのようにして記憶されているのでしょうか?
このページでは、赤ちゃんの記憶はどのようになっているのかのほんの一部ですが、紹介していきたいと思います。
年齢や時期など、すべての赤ちゃんに当てはまる訳ではありません。一例として何かの参考になれば幸いです。

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1. 赤ちゃんの記憶のなぞ

 1.1 赤ちゃんだって記憶する!

2. 赤ちゃんと私たちの記憶の違いは?

 2.1 「モノの永続性」ってなに?

3. おなかの中にいる時の記憶って?

 3.1 お母さんの声

 3.2 おなかの中で学習?


1. 赤ちゃんの記憶のなぞ

1.1 赤ちゃんだって記憶する!

 皆さんは、赤ちゃんの「記憶」について、考えてみたことはありませんか?冒頭のように、私たちは3歳くらいより前のことは鮮明に思い出すことはできません。もちろん、赤ちゃんだったころ(ここでは0~2歳くらいとします)について、その時自分がどんなことを覚えていたかというのは、想像するか、アルバムを見返すことでしかわかりません。

では、赤ちゃんの時の記憶はどうなっているのでしょう。

もしかすると、私たちが赤ちゃんだった時の記憶を思い出すことができないというのは、赤ちゃんの時に「記憶していない」からではないかと考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、実際には違います。赤ちゃんは、その時に記憶していないわけではないのです。 赤ちゃんの記憶というのは、私たちとは違いあまり長く保存しておくとができないのです。私たちは、たとえ数か月、何年たってからでも思い出せる(=保存して置ける)記憶があります。 しかし、赤ちゃんの記憶というのは、私たちとは違いあまり長く保存しておくとができないのです。 では、赤ちゃんの記憶はどのくらいまで保存されているのでしょうか。

実際にこれを調べたロヴィ・コリアという方の実験があります。

~実験~ 
イラストのようなモビールというおもちゃが、よくベビーベッドの上に吊るされています。このモビールの端を赤ちゃんの片足と結びます。すると、赤ちゃんはキックするとモビールが動くので、喜んでキックをします。それから数日開けて同じようにモビールと片足を結び付けたときに、赤ちゃんがどのくらいの期間まで「同じような頻度でキックをするか」を調査しました。(一定の基準値を設け、そのベースラインよりもキック行動をするかどうかを調べました)これによって、どのくらいの期間まで赤ちゃんが覚えていられるのかを調べられます。

結果は、年齢ごとに覚えていられる日数が変わることがわかりました。具体的には

〇2か月児→約1~3日
〇3か月児→約7日
〇6か月児→約14日        
(Rovee-Collier, 1997を太田&多鹿, 2008から引用) [2]

このように、月齢が上がるにしたがってどんどん長い期間覚えられるようになっていっているのです。
つまり、赤ちゃんの時にも短い期間ではありますが、ちゃんと記憶を覚えているのです。


2. 赤ちゃんと私たちの記憶の違いは?

2.1 「モノの永続性」ってなに?

 皆さんは、モノの永続性という言葉をご存知でしょうか。 例えば、今目の前にリンゴがあり、それと私たちの間に衝立を置いて見えなくしたとしましょう。 視界からリンゴはなくなりましたが、私たち大人は、その衝立の向こうにリンゴがあることはわかっています。 このような、見えなくなってもそこに存在していることを認識することを「モノの永続性(対象の永続性とも)」と言います。[2]

では、この「モノの永続性」は私たちと赤ちゃんで違いがあるのでしょうか? 例えば、空間関係の認識などは、私たち大人の方が優れているような気がしますよね。 実際に、「モノの永続性」に関して、このような考え方がありました。

このモノの永続性の認識が、赤ちゃんの頃にはまだ発達しておらず、
赤ちゃんにとっては視界からなくなったものは、「存在しなくなった」とみなしているという考え方です。[2]

しかし、実際には違います。赤ちゃんは、物の認識に関して「大人と同じように、隠れてしまったものもあると認識している」ということが分かったのです。

ベイヤールジョン、スペルキ、ワッサーマンという方々が実際に行ったこのような実験があります。
まず、↓の画像のように動く装置を用意します。
左が装置を横からみた図、右が装置を正面から見た場合です。
被験者はこの正面から装置を見ます。ですので、右図のように衝立が手前に倒れたり奥に倒れたりとぱたんぱたん動くようになっています。
この装置の動きを実際に5か月児に見せて、慣れさせます。
その後、↓のように衝立の奥に箱を用意します。
衝立がぱたんぱたんと動いている途中に置くので、この画像のようにこの衝立は向こう側まで倒れることなく、途中で止まってからこちら側に戻ってきます。
これは自然に可能なことで、「起こりうる現象」です。

それとは別に、↓のように「起こりえない現象」として、衝立の裏側に箱を置いたにもかかわらずに衝立は止まることなく、向こう側まで衝立が倒れる状態を用意します。その後、衝立は元の一に戻り、完全にこちら側に倒れたときには、最初と同じように箱が置いてあるという状況を作ります。

本来であれば、最初の「起こりうる現象」のように、途中で衝立は箱に邪魔されることで止まり、こちら側に倒れてくるはずですが、この実験では、向こう側に完全に倒れるというあり得ない現象が起こります。箱がなくなったわけではなく、こちら側に衝立が戻ってきたときには箱が現れるため、あり得ない現象となります。[3]

この二つの条件でそれぞれ実験を行うと、「起こりうる現象」を見ていた赤ん坊よりも、「起こりえない現象」を見ていた赤ん坊が衝立を長く見るという結果が得られました。

このことから、赤ちゃんは「箱があるのに向こう側まで衝立がたおれてしまうことは、起こりえない」ということを知っていると考えられるのです。
(Baillargeon et al., 1985をUsha, 2003から引用)[4]

つまり、最初の説のように赤ちゃんは私たちとは物の見方が違うということはなく、私たち大人同じように空間を認識していると言えるでしょう。


3. おなかの中にいる時の記憶って?

3.1 お母さんの声

 おなかの中にいる時、赤ちゃんにはどんな音が聞こえているでしょう。 きっと様々な音を聞いていると思いますが、お母さんが誰かと話したり、赤ちゃんに話しかけたりする声も聞こえてるのではないでしょうか。このとき、お母さんが話しかけた声を、生まれてからも赤ちゃんは覚えているのでしょうか。

これについて実験した、デキャスパーとファイファーという方がいます。
少し特殊なおしゃぶりを用いて、赤ちゃんがお母さんの声を覚えているのかについて実験しました。

~実験~
「お母さんが物語を読んでいるテープ」と、「知らない女性が物語を読んでいるテープ」の二種類を用意します。
ある赤ちゃんには、おしゃぶりを吸う速さが一定の速度よりも早くなったとき、赤ちゃんには「お母さんが物語を読んでいるテープ」が聞こえるようにします。反対に、一定の速度よりも遅くなったときには、「母親ではない女性が物語を読んでいるテープ」を流します。また、別の赤ちゃんの場合には、速度が遅い時に「お母さん」、早い時に「母親ではない女性」のテープが流れるような逆の手続きを取ります。
(※この一定の速度というのは、赤ちゃんごとにベースラインを定めています)

どの赤ちゃんも、早い段階でお母さんの声が聞こえる速度で吸おうとします。
また、この速度を逆にしたとしても、多くの赤ちゃんがお母さんの声が聞こえるように吸う速度を逆転させるのだそうです。つまり、赤ちゃんは
お母さんの声を心地よいと感じる=おなかの中にいたときに聞いた声の方に反応していることとなるのです。(Decasper & Fifer, 1980をUsha, 2003から引用)[4]

3.2 おなかの中で学習?

 赤ちゃんがおなかの中にいる時、お母さんの声を聴いているというのはわかりました。 では、何か読み聞かせ等を行ったとしたら、その物語を赤ちゃんは覚えているのでしょうか?

これについてもこんな実験があります。
実際に、デキャスパーとスペンスという方が行った実験です。

~実験~
まず、妊娠七か月のお母さん方に協力してもらい、赤ちゃんがおなかの中にいる時に同じ物語を読み聞かせます。
その後、先ほどのお母さんの声の実験と同じようなおしゃぶりを用いて、「知っている物語を読むお母さんの声」と「知らない物語を読むお母さんの声」が、吸う速度によって切り替わるようにします。また、「知っている物語を読む母親ではない女性の声」と「知らない物語を読む母親ではない女性の声」が切り替わる赤ちゃんのグループも用意します。
すると、どちらの場合も知っている物語が聞こえるようにおしゃぶりを吸うのです。お母さんの声の時だけでなく、見知らぬ女性の声の時も同様のことを行うことから、赤ちゃんはおなかの中で聞いた物語に反応しているということがわかります。 (DeCasper & Spence, 1986をUsha, 2003から引用)[4]


参考文献

[1] 日本心理学会(2012)心理学Q&A http://www.psych.or.jp/interest/ff-25.html (2016/10/21アクセス)
[2] 太田信夫,多鹿秀継. (2008)記憶の生涯発達心理学. 北大路書房.
  • Rovee-Collier, C. (1997) Dissociations in infant memory: Rethinking the development of implicit and explicit memory. Psychological Review, 104, pp.467-498.
[3] Baillargeon, R., Spelke, E. S., & Wasserman, S. (1985) Object permanence in 5-month-old infants. Cognition, 20, pp.191-208.
[4] Usha Goswami 著, 岩男卓実, 上淵寿, 古池若葉, 富山尚子, 中島伸子 訳(2003) 子供の認知発達. 新曜社.
  • DeCasper, A.J., & Fifer, W.P. (1980) Of human bonding : Newborns prefer their mother’s voices. Science, 208, pp.1174-1176.
  • DeCasper, A.J., & Spence, M.J. (1986) Prenatal maternal speech influences newborns’ perception of speech sounds. Infant Behavior & Development, 9, pp.133-150.
  • Baillargeon, R., Spelke, E. S., & Wasserman, S. (1985) Object permanence in 5-month-old infants. Cognition, 20, pp.191-208.


山﨑真依