社会と共創する研究領域
本学ではシステム情報科学という他に類を見ない学問領域のもと、情報システム、セキュリティ、人工知能、ロボティクス、認知科学、教育、IoT、XR、デザイン、生命科学、複雑系科学、宇宙、ゲーム理論など、教員の多様な専門性が融合し、まさに「未来大らしい」研究領域が生まれています。
異なる研究分野の教員が連携して学際的な研究チームを学内で作り、新たな研究領域への挑戦を積極的に行っていることも特長の一つです。
最初の 10 年で「Mobile(モバイル)IT」「Marine(マリン)IT」「Medical(メディカル)IT」の 3 つを重点研究領域(3 つの MIT)として掲げて以降、本学の取り組みは、地域との連携や世界との連携、さらにはこれまで蓄積してきた情報技術と知能研究の知見を融合・深化させた創造的な探究にまで及んでいます。
ここでは、現実世界に山積する「解のない問題」に対して、論理的思考に基づいて答えを見つけ出していく、そんな本学の研究事例を紹介します。
ITによるスマートシティと交通改革 Mobile(モバイル) IT
情報技術は社会を変える。この言葉が実感をもって受け止められるようになった背景には、携帯電話やスマートフォン、ウエアラブルコンピュータなどの急速な普及があり、さらにその背後には、知的な処理ができる計算回路の超小型化・高集積化と、ビッグデータといわれるような社会全体の膨大なデータのネットワーク化があります。
情報技術の進化を新しい社会のサービスと結びつけて、市民ひとりひとりが持ち歩くことができる21世紀のインフラを構築する。政府によるトップダウンのインフラ構築の時代は終わり、市民=ユーザの声に耳を傾け、寄り添い、カスタマイズされたサービスを届けることが求められています。超高齢社会を迎えた地域社会を、情報とネットワークの技術が可能にする「スマートシティ」へと再生するこの取り組みを、本学ではモバイルITと名付け、重点領域の1つに位置づけて研究開発に取り組んでいます。
中心的な研究領域の1つとして、2012年度からモバイルITで公共交通の新しいかたちを追求するプロジェクトをスタートさせました。学内に「スマートシティはこだて・ラボ」を設置するとともに、函館地域での社会実践を推進するための組織として「NPOスマートシティはこだて」(代表: 松原仁・本学教授)を設立。2013年秋には、函館市を実証実験フィールドとして、世界で初めての全自動制御によるフルデマンド公共交通システム「SAVS(Smart Access Vehicle System)」の運用実験に成功しています。
ITによる持続可能な漁業支援 Marine(マリン) IT
水産・海洋分野とITを融合するためのこの取り組みは、世界で唯一、本学が掲げるマリンITと名付けられたきわめてユニークな研究領域です。海という自然を相手に、季節や時間、天候によって変化し続けるようすや、水産物の資源量を正しく捉えるための技術の開発と社会実践に取り組んでいます。本学ではこれらをマリンITと名付け重点領域の1つに位置づけています。
例えば、水深ごとの水温や潮流などを遠隔で自動観測できるユビキタスブイシステムでは、漁業や養殖を営む事業者がみずから海に出ることなく、手元のスマートフォンやタブレットでリアルタイムにデータを確認できる画期的な操業環境を実現しました。
また、船の位置情報と魚群の情報を漁船同士で共有しながら漁獲量をコントロールすることで乱獲を防ぎ、適正な資源管理にもとづいた将来世代にわたる持続可能な漁業が営めます。従来は船内の黒板や海図、無線電話を使ってアナログで行われていた資源評価作業をデジタル化して、タブレットとGPS(衛星測位情報システム)で置き換えることにより、より合理的で快適な操業を可能にしました。加えて、累積したデータを呼び出して操業の参考にしたり、過去のデータを分析して資源状況を把握するなど、従来は水産試験場でしか出来なかったような分析が漁業者側でもできるようになり、主体的で戦略的な取り組みを可能にしています。地域の事業者と連携した取り組みは、道内の留萌市や福島町をはじめ日本各地へ、また海外では韓国やインドネシア(バリ島)へと広がっています。
ITによる持続可能な医療支援 Medical(メディカル) IT
超高齢化社会の進展に伴い、地域医療においては様々な課題が山積しています。本学では開学当初より最新のIT(AI/IoT)を活用し、函館圏を中心とした医療機関や介護施設等と連携しながら、現場の医療従事者や患者・家族等の課題解決に取り組むメディカルITを重点領域の一つに掲げています。
WHO(世界保健機関)は「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあること」として、これをウェルビーイング(Well-being)と定義しています。幸福(しあわせ)や健康な状態の包括的な概念であり、持続可能性や個人の意思が重視されています。
本学では、こうしたウェルビーイングの向上を目指し、担当教員・学生が一体となってプロジェクト学習や研究活動において幅広く取り組んでいます。
プロジェクト学習では、開学当時から継続して実施している「デジタルヘルス」において個別の課題解決に取り組み、認知症予防や新たな高齢者の生活支援システムの提案、最新のAI/IoTを活用した健康管理など毎年新たな提案を行っており、一部の成果については医療機関での実証実験やグッドデザイン賞の受賞、キャンパスベンチャーグランプリ金賞受賞など、高い評価を受けています。
また研究においては、医療・健康情報学、医工学といった分野において最先端の研究も進めています。AIを活用した人生会議(アドバンス・ケア・プランニングACP: Advance Care Planning)支援、在宅リハビリテーション支援、脳・心臓手術における未来予測手術支援、軽度認知障害早期発見支援、健康行動動機づけ支援、パーソナルヘルスレコード(PHR: Personal Health Record)、ARランニング動機づけ支援など、幅広く健康に関連するテーマに取り組んでいます。
これらの取り組みは、地域の医療機関に加えて企業・研究機関とも連携して進めており、毎年、公立はこだて未来大学メディカルICT研究会を主催し、関係者と連携した研究の推進を行うとともに、積極的に函館から日本国内そして世界へ研究成果の情報発信を行っています。
AIによる物語の自動生成
物語の研究は人文系では盛んにおこなわれていますが、データサイエンスのような科学的な方法で物語のパターンがどのようになっているかを明らかにする研究は非常に珍しく、本学特有の研究領域の一つとなっています。良質な作品を科学的に分析して物語の面白さがどのように組み立てられているかを明らかにできれば、クリエイターにとって有用なだけでなく、AIやコンピュータソフトウェアなど様々な分野でも応用が可能になります。
マンガやアニメ、ゲームなど現代のエンターテイメント作品の物語は、読者・視聴者の飽きが来ないように複雑な構造になっています。しかし、一見複雑で分かりにくい物語の構造も実はいくつかの基本的な短い物語パターンの組み合わせとしてデータ化が可能で、コンピュータで特徴を分析できるということが研究の結果明らかになりました。
本学では、2012年から星新一の約1000話のショートショート作品を分析してオチのある物語の自動生成の研究を進めています。さらに、2023年にはブラックジャックの新作をAIに作成させるNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクト(TEZUKA2023)においては、手塚作品らしい物語構造の抽出(数理モデル化)および自動生成を担当しました。
このプロジェクトは、現段階のAIで手塚治虫先生の「面白さ」「魅力」にどこまで迫ることができるか確認するとともに、AIが創作というものをどこまで理解できるか、人間のサポーターとなりうるか、その限界・到達点を探るというものでもありました。つまり、AI技術と人間のコラボレーションのみならず、AIによる「人の創造性サポートの可能性」の追求の取り組みといえます。
また、これらの成果を発展させた汎用的なジャンルの物語を自動生成可能な創作サポートAIシステムも開発しています。創作サポートAIシステムでは他にも、短編からの長編への変換、既存物語の続編の提案、魅力あるキャラクターの提案など物語を創作する上で有用な様々な機能の実装を、データサイエンスの手法を用いて進めています。
今後も物語の面白さを科学的に解明するとともに、AIによる人間の創造性のサポートの可能性を探究していく予定です。
脳型人工知能
現在の人工知能(AI)は目覚ましい発展を遂げていますが、その多くは脳の情報処理原理を単純化した数理モデルに基づいています。しかし、実際の脳は、時間とともに変化する環境の中で、感覚情報を統合し、未来を予測し、運動を生成しながら自己を更新し続ける、きわめて動的なシステムです。このような時間発展する知能の本質的原理は、いまだ十分には解明されていません。
本学の脳型人工知能研究は、数学・物理・情報科学を基盤として、この「動的な知能」の原理を解明し、それを人工システムとして再構成することを目指す挑戦的な取り組みです。単なる性能向上ではなく、脳がどのように世界を理解し、予測し、行動へと結びつけているのかという根源的問いに正面から向き合っています。
例えば、再帰的神経回路のダイナミクスを活用するリザバーコンピューティングと、大脳皮質の階層構造を説明する予測符号化理論を統合した数理モデルを構築しています。音声と視覚といった複数の感覚情報を統合し、雑音の多い環境下でも高精度に音声を認識できるモデルを実現しました。このモデルは、時間文脈を内部状態として保持しながら予測誤差を最小化することで、環境変化に柔軟に適応する能力を示します。
さらに、この理論的に構築した計算原理を、生きた神経細胞による培養神経ネットワークや、非線形応答特性を持つ各種マテリアルへと実装する実験研究へ展開しています。神経活動のダイナミクスや材料の履歴効果をそのまま計算資源として活用する「物理リザバー」は、従来のデジタル計算とは異なる計算パラダイムを提示します。そこでは、情報は単に記号として処理されるのではなく、物理的状態の時間発展として表現されます。
その成果は、少ないデータでも学習可能な適応性、時間変化を本質的に扱う能力、ノイズに対する頑健性、そしてエネルギー効率に優れた情報処理へとつながります。
本学の脳型人工知能研究は、脳の理解とAI技術の革新を同時に推進する、理論・実験・実装を横断する総合的研究領域です。知能の原理に立ち返り、その物理的基盤まで踏み込むことで、次世代の人工知能のあり方を再定義しようとしています。


























































