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2021-03-30

[Message for FUN]デザインを通して人間を考える(柳 英克)

[Message for FUN]

2020年に20周年を迎えた公立はこだて未来大学では今後数年に渡り、大学の礎をつくった先生たちの定年退職が続きます。シリーズ[Message for FUN]では、そんな先生たちが大学へ注いできた思いと創設に関わった貴重な経験を振り返り、未来の学生、卒業生となる皆さんへメッセージを贈ってもらいます。
第一弾は、日本における造形教育の先駆者である柳 英克先生(情報デザイン、メディアデザイン)です。

デザインを通して人間を考える

柳 英克(情報デザイン、メディアデザイン)

 

手探り状態でスタートしたデザイン教育

公立はこだて未来大学に来る以前は金沢で創作活動を7年間ほど行っていました。静止画プリントから始まり、静止画から布プリント、布プリントから光る作品、光る作品から映像作品へと、自分のアイデンティティとなるアートの表現手法を探っていました。大学に参加したのは、アナログの作品がランダムに変化するデジタルの映像作品にシフトした後のことです。未来大開学の企画を担っていた(仮称)函館公立大学開学計画策定専門委員会の方から金沢美術工芸大学の黒川先生経由でお話をもらい、自分の作品の制作環境を何十倍にも拡張したような未来大のデジタル環境に強く惹かれ、函館に移って来ました。

2004年 ArtGenome 「柳 英克個展」 CHIMENKANOYA [東京]

大学開学当初は「情報デザイン」という言葉や概念は一般的ではなく、具体的なカリキュラムプランも教育手法もなかったと思います。まずは担当する各教員の専門や経験にもとづいて、それぞれが課題を考えてやってみようと、非常に自由なスタートでした。美術大学ではない非デザイン系の大学で、デザイン教育で何ができるのかを模索しながら、実験的にいろいろ試してみました。身体表現の課題を課したこともあり、ある動くオブジェクトを作って、そこから動きの要素を抽出して体で表現してもらうというものです。情報デザインと聞いて授業を受けていた学生たちは「何をさせられるんだ」と驚いていました。

個性を多角的に評価し認め合うデザイン教育

デザイン教育や造形教育の難しいところは、マニュアル化できないことです。デザインは最適化が肝要で、同じデザインでもこの場合にはいいデザインだけど、別の場合にはダメというように、何が最適なのかはその時々の条件によって変わるわけです。標準的解答を持たず、点数で評価できないものをどう評価するのかを考え、答えをみつける過程を共有する方法として学生同士の「相互評価」を行いました。この評価方法の相乗効果は、お互いの作品のどこをどう良いと思ったのか、良くないと思ったのかを言語化することで共有し、学生自身の評価する力につながったことです。それは次に何かをデザインするときの起点となる考えを育てることになりました。

2014年度 授業風景 担当:原田、柳

その中で一つ印象に残っている作品があります。造形の課題で、鳥の形の中から美的な要素を抽出して、粘土で作るという課題を課した時のことです。多くの学生が鳥の流線形や翼をモチーフにした彫刻的なオブジェを創ってきた中で、小さい卵のようなものを創った学生がいました。造形的にはそれほど美しいとはいえず、どういう意図かをその学生に問うと、「持ってみてください」と言います。それで持ってみると、ものすごく重い。その学生は、小さい塊を見た目より断然重くして、命の大切さを表現したって言ったんです。これは、鳥の形や色といった造形的な要素=「モノ」の他に、鳥の命といった「コト」を数値的な重さやサイズといった情報に置き換えると表現になるという、情報デザイン的な示唆に富んだ作品だと驚きました。そのような作品を見合う中で得た発見を、私たち教員も学生たちも共有することを大切にしていました。

このような深い議論は大学だからこそできる教育です。小中高の教育はある程度客観的評価が可能でなきゃいけない。そのため、見た目が美しいかどうかなど共通認識の得やすい評価に偏りがちだと思います。大学では、見た目はよくないけれど命の重さをよく表現できているというように、それぞれの個性的な表現を尊重しながら、多角的に評価できる柔軟な授業ができます。特に未来大自体が大きな志のもと、まったく一から創った大学でしたから、カリキュラムや評価方法も模索と発見の連続でした。

退職後はリタイヤじゃなく、新入生になる

こうして20年間経ったわけですが、退職後はこれまで自分がやってきたことを活かしながら、地域貢献や社会貢献、人材育成といった、人のための活動をやろうと思っています。すでに新しいプロジェクトも始動しており、京都の知人のプロジェクトのアドバイザーや、沖永良部島での和太鼓のワークショップなど、いろいろと次の構想を考えています。1年くらい前までは「退職=リタイア」のイメージがありましたが、今は新入生になるような高揚した気分です。

2021年3月にフィールドワークで訪れた沖永良部島。たまたま島の土地を買うことになり、そこでワークショップの開催を考えている

未来の学生へ~人間本来の身体性、思考性を考える見識の高い人に~

大学で20年間学生に伝えてきたことは、デザインの手法そのものよりも、表現を通じて自分のアイデンティティを辿る体験の重要さ、面白さでした。デザインというものは企業の営利を追求するための活動でもありますが、単に営利を追求するだけでなく、人間とはどうあるべきなのかを考えられるようになってほしいと、言ってきました。

それはそもそも人間のことを知らなければ考えられないことです。人間の身体は遺伝子レベルで20万年くらい前から変わらず、解剖学的には5万年前と現代とは全く同じであると言われています。身体が変わらない中で周りの環境だけが変わっている今、人は人工的な環境に無理に適応しようとしていないだろうかと、疑ってみるといいと思いますよ。未来の学生、卒業生には、合理性や利益だけでなく、人間本来の身体性、思考性に立ち返って考えられる、見識の高い人になってほしいと願っています。(2021年3月)

2019年卒業展示でパフォーマンス中の柳先生

作品紹介 Prospectfar (2000. 4)

(未来大学モニュメント)柳英克・秋廣誠・秋田純一

Prospectfar (2000. 4)

公立はこだて未来大学開学の際、大学創設に尽力され、開学直前に亡くなられた木戸浦隆一元函館市長のご家族の寄附により制作したモニュメント。一部が鏡面仕上げになっており、周囲の景色や人の顔が変形してうつり込む。思わず記念写真を撮りたくなるその仕掛けには、人々が集える場所になってほしいという柳先生の思いが込められている。

モニュメントにはもう一つ仕掛けがある。モニュメントについているスコープを覗きレバーを操作すると、支柱内の未来を表現した3段階の遠ざかる光の輪が見える。このシステムはデジタルなものである一方で、スコープの機械仕掛けはアナログ技術。さらに、アナログとハイテクがセットになって現在に継承され、その時代の光を制御する最新技術によって未来が更新されていく、「未来を覗く装置」というコンセプト。