「証明」を求めること20年
高村博之教授は、日本数学会の函数方程式論分科会より「半線形波動方程式の解の爆発に関する研究」が優秀かつ函数方程式論の発展に大きく寄与したことで、2013年12月に「第5回福原賞」を受賞しました。福原賞とは、同分科会において特に優れた業績を上げた研究者に授与される大変に名誉ある賞です。
―先生が受賞された「半線波動方程式の解の爆発に関する研究」とは?
ひとことで簡単に説明するのは、非常に難しいのですが…、「証明」ですね。詰将棋のようなもの、と例えればわかりやすいでしょうか。予想はされていたけれど、その道筋は証明されていなかった。実は30年以上も前から予想はされていたのですが、証明が未解決のままだったのです。
そもそも私がその問題を見つけたのは大学院生のときです。院生向けの教科書に、1カ所だけ証明されていないと書かれてあり、そんなに難しいのかなってやり始めたら、これがもう難しくて。一覧表みたいなのがあって、ここができている、ここもできている、でも1カ所だけできていない箇所がある。これがすごく気になるわけですよ。パズルの最後のピースだけが埋められていない状態ですね。それが、最初の出会いでした。以来、ずっとずーっと考え続けていました。20年も。
―証明を見つけたのは、偶然でしょうか、それとも詰めていっての結果でしょうか。
偶然、と言っていいかも知れません。学部1年生のときから授業とは関係なしに、私の専門分野に興味を持った学生がいて、ずっと指導してきたんですね。その学生が院生になるときに「この分野でいちばん大きな問題はこれだから、これくらいは知っておいたほうがいいよ」と、関連論文を渡したんです。私自身それを2回読んでいたのですが、他人が話しているのを聞くと視点が変わるというのでしょうか、客観的に見直したら一番先に諦めた方法が、実はまだイケたというのがわかって。20年の間にいろいろな「道具」が揃ってきたということもありますね。道具というのは、解析のための基礎的な定理のことです。手持ちのコマがだいぶん増えた状態で、ピラミッドの頂点まで行った、ということですね。
彼を指導していなかったら気づかなかった。気づいたかも知れないけれど、時間がかかっただろうと思う。そうこうしているうちに誰かに先を越されていたかも知れません。私の分野では、ほとんどの研究者がこの問題を考えていましたから。
―証明できたときの瞬間は?
アイデアは家で見つけて、大学で学生とディスカッションしているうちに確信に変わって。うれしかったというよりは、茫然としましたね。最初に捨てた方法が再浮上して、結局最後まで行けてしまった。すごい道具が必要だと思い込んでいたのですが、自分の慣れ親しんだ方法で証明にたどり着けたのには驚きましたね。
数学は登山に似ています。頂上に至るルートは複数あり、どのルートを行くのが最良なのか。頂上は見えているのに、なかなかピークを踏めない。そういうことですね。
なぜ数学嫌いになるのか
―数学は苦手という人にアドバイスを。数学嫌いを克服するカギはありますか?
学生のなかには数学を好きな人も嫌いな人もいて、みんな好き嫌いで判断してやっているようだけど、答えがわかっているものにアタックするから、数学離れを引き起こすんじゃないかな。最初からわかっている答えにたどり着けたら優秀、たどりつけなかったら劣等生っていうふうになってしまっている。
我々はいつも答えのないところを攻略しようとしている。アタックしていること自体がおもしろいんですよね。その辺が学校教育で実現できていないところで、かわいそうな気がしますね。最近、世の中全体がわかりやすいというか、すぐ役に立つといった方向ばかりに走っていて、基礎的なことを我慢して長い間勉強することをおろそかにしているようにも感じます。すぐ答えに飛びつくのは、最近の傾向ですね。
『数学ガール』と未来大
―中学生・高校生の仲間が数学にチャレンジする『数学ガール』という結城浩さんの小説がありますね。これをテーマにした卒業論文、さらに未来大での著者の講演会、その講演会をまとめた単行本『数学ガールの誕生』まで、一連のお話をお聞かせいただけますか?
『数学ガール』は、主人公の「僕」と数学ガールたちが数学にチャレンジする物語で、シリーズ化されていて既に5巻が刊行されています。物語なんですけど、そこで扱っている数学はいたって真面目。数式もたくさん登場しています。研究室の学生3人が卒論でこの『数学ガール』のコミック版をとりあげたんですね。
コミックをぱらぱらとめくってみるとわかるんですが、数式の部分と物語の部分とがあるわけです。その数式の部分がどれだけ数学的に正しいのか、大学で数学を学んでいる立場から検証してみようと。完成した卒論が割ときちんとできていたので、せっかくだから著者に送ってみようということになり。すると、著者の結城浩さんからお礼のメールがきて、やりとりをしているうちに未来大での講演会に来てくださることになったのです。
―その講演のようすをまとめたものが『数学ガールの誕生』ですね。
数学ができる人の描写はだれでもできると思うんですが、問題は数学ができない人の描写ですね。数学ガールでは、典型的な間違いをしがちな部分、それをちゃんと押さえてあるんですよ。登場人物に間違いをさせて、いろんな人たちを引き込む仕掛けが埋め込まれているんですね。大学の教員じゃないのに、なぜ正確に描写できるのか、とても興味がありましたね。
会場は大学の情報ライブラリー(図書館)。講演というよりは、フリーディスカッションですね。スクリーンを立てて、斜め前に結城先生が座ってPCを操作して、みんなはそれぞれ腰かけたり、床に座ったり、クッションを抱えたり、とてもリラックスした雰囲気でしたね。私は、カウンターに腰掛けて司会進行役です。学生たちは、憧れの人を目の前にして固まっていた(笑)というか、発言が少なかったですね。卒論を書いた学生たちは、現在、全員システムエンジニアになって札幌で活躍していますよ。
算数と数学は仲良しなんだ
―プロジェクト学習のお話を。未来大では「地域に根ざした数理科学教育」という取組みを実践されていますね。
小学生向けには、生活のなかでいろいろな科目と算数が結びついている、そのことを認識できるような教育プログラムを作成しています。中学生・高校生・大学生向けには、高校から大学へとつながっていく数学教育の支援教材を作成。いま学校教育というのは単元が終わったらテスト、その繰り返しですね。総合的に使うとどうなるのか、ということをやっていない。そいういった学年間、単元間で切れてしまっていることを意識してつなげるような教育プログラムを作成し実践しています。
未来大では、小学校・大学の双方に貴重な教育効果をもたらす「小大(小学校・大学)連携協定」を函館圏内の教育機関と結んでいます。「地域に根ざした数理科学教育」をテーマにしたプロジェクト学習では、年5回、この小大連携を結んでいる柏野小学校のクラブ活動に出かけていくのですが、子どもたちは大学生のお兄さんお姉さんが来るというので、すごくうきうきしている。プログラムが楽しいのか、お兄さんお姉さんがくるのが楽しいのか、よくわかんないですけどね(笑)。でも活動自体はずっと成功していますね。
ここは情報系の大学なので、研究室以外では数学そのものを追求する研究はやらない。応用を目指した数学を学ぶことになります。ただその際にも、テクニックや試験の点数だけではなく、数学的な思考をどこまでできているのかを量ります。これがなかなか難しいのですが。
数学は見返り美人?
―最後に、高村先生の数学に寄せる思い、数学の魅力をお聞かせください。
ほとんど振り返ってくれないんですけど、十数年間に1回は振り返って微笑んでくれる。もう究極の憧れの存在です(笑)。振り返ってくれた瞬間は、違う世界に移動したというか、急に異次元に行く。我々は何年かに1本は論文を書かなければならないので大変なんですよ。なかなか埒があかない場合もあるんですが、仮定を変えたり、条件を変えたりして、まわり道しながらなんとか頑張る。だから、結果が出たときには、違う世界ですね、もう。
数学というのは予想の証明ばかりではなく、何かをやっていくうちに突然新しい世界が開けて、というのもあるのです。私のはそういうのじゃなくて、みんながさんざんやってできなかったところ、最後のひとつとか、そういうのが結構多いんですよね。だからちょっと勇気がないとできないかも知れない。そこが魅力なのかな。