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2015-05-07

本になったマリンIT軌跡
「マリンIT出帆」著者和田雅昭教授インタビュー

書籍表紙3月27日付の新着情報でもお知らせしましたが、公立はこだて未来大学出版会より『マリンITの出帆―舟に乗り 海に出た 研究者のお話』が刊行されました。著者は本学マリンIT・ラボ所長の和田雅昭教授。和田教授の研究テーマは「情報化による水産業支援」で、本学が掲げているフラッグシップ研究「モバイルIT」「メディカルIT」とともに「マリンIT」として重点研究領域の一角を占めています。和田教授がリーダーとして進めてきた研究や執筆にまつわるお話、さらには行間に込めた思いなどをうかがいました。

世界的にもユニークなマリンITの取り組み

―はこだて未来大学が推進するマリンITは、世界的にみてもユニークといわれますが、それはなぜでしょう。

マリンITとは、研究者と漁業者が一体となって切り拓く、近未来型の水産業を実現するための情報技術です。研究者は、水産資源と海洋環境を可視化し、一方漁業者は、可視化された情報をもとに持続可能な水産業に取り組みます。通常、海洋・水産分野の研究者は調査船でデータを収集するのですが、調査船を持たない本学では、漁業者の協力を得て漁船でデータを収集していることが特徴的です。その研究成果を漁業者にフィードバックすることで、研究開発と水産業の進展がうまく循環するわけですね。もともと漁業は漁業者が蓄積してきたノウハウによって漁獲量を競う環境にあるのですが、私たちのように研究者と漁業者が一体となりノウハウを共有する取組みは、国内はもとより、海外でも非常に珍しいようです。

フィールドワークの様子

―もともと水産分野で研究されてきた和田先生を中心に、他の教員の参加を広げ、2012年にはマリンIT・ラボという組織が設置されました。ラボの構成メンバーは?

学内では情報システムコースの長崎健准教授、高博昭助教、知能システムコースの三上貞芳教授、鈴木昭二准教授、そして情報デザインコースの岡本誠教授、安井重哉准教授らが参加しています。情報デザイン分野のメンバーが一緒に活動しているのが特徴的ですね。たとえばタッチパネルのデザインなど、漁業者にやさしいユーザインタフェースを提案してくれます。さらに学外からも、東京農業大学の畑中勝守教授、稚内水産試験場の佐野稔研究員、かつて未来大に在籍していた戸田真志教授(現・熊本大学)などがメンバーとして参加しています。

―この本の著者名に「和田雅昭+マリンスターズ」とありますが、これは誰を指しているのでしょうか?

特定の誰か、というわけではなくて、われわれ研究者と漁業者たちの集合、ラボのメンバー、マリンITに関わったすべての方々に敬意と感謝を込めて、ですね。この本に名前は出てこないけれど一緒に活動してくれている人たちがたくさんいます。そんな方たちが執筆の背中を押してくれたと思っています。実は、書き始めてから出版までに2度の正月を迎えました(笑)。研究者仲間や漁業者の存在があったからこそ、完成に漕ぎ着くことができたのです。

北大水産学部から民間企業、そして未来大へ

―本書に収められている、マリンIT始動までの伏線が興味深いですね。先生の経歴をみると、仙台出身、北大水産学部を卒業、地元函館の東和電機製作所に就職されていますね。

東和電機製作所時代東和電機製作所は、オリジナルの自動イカ釣機が世界シェア7割という地元企業です。ここでの経験が現在のマリンITの起点となりました。入社当初はイカ釣機のモーター制御に関連するプログラム開発を担当したのですが、センサの出力がモーターの発熱に左右されるなど、なかなか実用化できなかった。海というフィールドを相手にする技術開発の難しさ、机上のプログラム開発とフィールドは別物ということを痛感しました。日本から遠く離れた日付変更線付近の海域で行われた、水産庁による大型イカ釣漁船試験操業での実装検証も良い経験になりました。

―大型イカ釣船の実装検証では八戸港を出港して2、3日でイカ釣機に搭載したプログラムが使い物にならないことを知り愕然とした、と本書にあります。

かなりショックでしたけれど1カ月もある航海中ずっと落ち込んでいるわけにもいかないし、落ち込んだまま1カ月を過ごすのは嫌でした。とにかく寄せ集めの道具類でプログラムの修正にとりかかりました(後々、この装置は「振動補正」という機能で新型イカ釣船に標準装備されることとなる)。遠洋の太平洋上で格闘したこのときの経験は、「仕事を別次元で楽しい」と思わせてくれましたね。“別次元で”というのは、それまでの受動的な仕事ではなく、能動的な仕事をやり遂げたことに加えて、それを使って喜んでくれる人がいたという両面からの達成感ですね。喜んでくれる人がいるというのは非常にうれしいものです。これは、僕のその後の仕事のモチベーションにもなっています。

大型イカ釣船

―2005年、民間企業である東和電機製作所から未来大へ。その転身のきっかけ、思いをお聞かせいただけますか?

仕事の目標は「産」においても「学」においても、「水産業への貢献」です。東和電機製作所では機械化での水産業への貢献を志していましたが、現場で海洋環境の変化に直面したことで将来の水産業へ危機感を抱くようになったのです。機械化がどんなに進んでも資源が枯渇してしまっては開発した技術も役に立たない。機械化だけでなはく「情報化による水産業支援」、そういうアプローチも必要だなと意識するようになったのです。大学での研究では、民間にいたときの人ネットワークも大きく作用しているのですが、モノをつくるときのクオリティを何より大事にするという姿勢も大切にしています。使ってもらえる情報やモノを提供する。民間にいたとき、そういう視点を持てたのはよかったと思っています。実験のためにモノを作った、実験で終わった、じゃなくてね。

全力疾走の根底にあるのは、コンプレックス

―先ほどの、“太平洋上での格闘”は読んでいてハラハラしましたが、会社員時代、深夜に操業する漁業者からの問い合わせに即対応できるよう、寝るときも携帯電話を握りしめていたとか。常に全力投球、懸命さが伝わってきます。民間企業から大学へ異動してからもやはり全力疾走で来られたのでしょうか。

和田 雅昭教授根底にあるのは「コンプレックス」なんですよ。昔から何をやっても人に勝てない子だった。体力もないし、腕力もない。高校の野球部でもレギュラーになれたけど、戦力にはなれなかった。そこで思い知ったのは、人と同じことをやっていてもダメなんだ、人よりも何倍もやらないと追いつけないんだ、ということ。頑張るとか粘り強いとかいうのは、いつの間にか身についた処世術かも知れない。研究者になってからもそうですね。会社で習得したプログラミングスキルを研究に活かすだけではなく、その成果を論文としてまとめることも必要になる。そういう意味ではゼロからのスタートでしたね。だから大学にきてからも人と同じようなペースでやってちゃいけないんだと、そういうのはありましたよね。もちろん、いまでも。

―マリンITの成果として、「ユビキタスブイ(※1)」「マリンブロードバンド(※2)」「デジタル操業日誌(※3)」がカタチになりました。思い出深いエピソードは?

それぞれにエピソードはあるのですが、特に手書きだった操業日誌をタブレットで電子化した「デジタル操業日誌」は、漁業者といっしょに作り上げた達成感がありますね。“タブレット端末と漁業者”というと、意外な取り合わせみたいに感じられると思うのですが、僕の場合はそんなに違和感はなかった。イカ釣機のときにも駅の券売機のようなタッチパネル形式を導入したのですが、漁業者には意外にすんなりと受け入れてもらえた。必要以上に多機能にしてしまったり、見るからに難しそうなものを提供するとダメだけれど、パッと見、使いやすそうなものを提供できるのであれば、だいじょうぶかなという感覚が僕にはあったんですよ。タブレット端末(iPad)の起動・終了の速さも、漁業者のスピード感にマッチした。何しろ3秒と待てない人たちなんで(笑)。

タブレット端末を操作する和田教授

「デジタル操業日誌」を導入した留萌での漁業者との取り組みは、先駆的なIT漁業として全国に知られるようになりました。2013年2月には、北海道科学技術賞を受賞。漁業者も受賞式に参加して、いっしょに祝ったとても嬉しい受賞でした。

マリンITの目指すその先は?

―マリンITの今後の研究、目指しているものは何でしょう。

短期的なものでいえば、地元函館での取り組みです。函館市が新たに設置した海洋研究センター(※4)に本学もサテライトラボを開設し、研究環境を整備していただいたので、地元での取り組み強化という構想があります。まずは函館のイカ釣に関する取り組み、もうひとつは定置網が盛んなので、この2分野での支援ですね。すでに研究には着手しています。それと近年、「地方創生」ということばがよく聞かれますが、マリンITの取り組みは水産業におけるIT利活用による地方創生の成功事例として取り上げられている。このチャンスに、ほかの地域にも積極的に展開していきたいですね。その第一歩として、いま自分の故郷でもある宮城県にも通っています。東北復興支援のお役にも立ちたいですし。

 ―国外での活動、支援についてお聞きします。国連は、現時点73億人の世界総人口が2030年には84億人になると予測しています。爆発的に増加を続ける人口と食料の需給問題におけるマリンITの役割とは?

現在進めているのは、インドネシアの水産業支援です。FAO(国際連合食糧農業機関)レポートによると、世界人口に対応するためには、2030年には2億トンの水産物が必要といわれています。漁業生産は頭打ちのため、養殖業生産の拡大がカギを握ります。インドネシアは自国消費以外に、輸出できるキャパシティを持っている。実際に行って見てみると、養殖業で改善できそうなところは多々あり、生産増は十分に可能です。関連して、貧困層の問題にも解決の糸口を見いだせそうです。漁村では戸籍もないような子どもたちがいる。漁業がまちの産業として成立するようになれば、経済が循環し、子どもたちも学校へ行けるようになります。漁業の伸展を通じて、その国の子どもたちの将来にも寄与できるのであれば、すごくやりがいがあるかなと感じています。

漁業者と和田教授

※1 「ユビキタスブイ」:いわば「海のアメダス」。海水温のほか、風向風速に対応する流向流速も観測可能。観測されるデータは水深ごとの数値で、これらを集約すると空間のデータに展開できる。たとえば冷水塊がどこの、どの水深帯にあるのか、一目瞭然となる。

※2 「マリンブロードバンド」:IEEE802.11j規格の無線LANシステムを用いた沿岸の無線インターネット環境。これにより、小型漁船上でノートパソコンなどでインターネットが使える環境となった。

※3 「デジタル操業日誌」:操業日誌のデジタル化をタブレット端末(iPad)で実現。開発コンセプトは「漁業者に嫌われない操業日誌」。入力項目は、操業開始時刻、操業終了時刻、漁獲量の3つだけ。TVでも紹介され、マリンITの代名詞となった。資源量はV字回復しており、漁業者主体の資源管理の効果が現れた。

※4 「函館市国際水産・海洋総合研究センター」:国際的な水産・海洋に関する学術研究拠点都市を目指し、2014年に函館市によって開設された研究施設。センターには大学・研究機関や民間企業が入居。はこだて未来大学もオープン時からサテライトラボを開設している。大型の実験水槽や函館港が一望できる展望ロビーは、一般の来館者も自由に見学できる。