田中吉太郎准教授(複雑系知能学科)らの論文が、日本応用数理学会の2024年度ベストオーサー賞(論文部門)を受賞しました。
この論文の研究は、ハエの脳の分化を記述する数理モデルを解析することをきっかけとして始めた研究です。多細胞生物の発生などの現象を記述する数理モデルを数学的に取り扱いやすくするための変換方法を考案しました。上述の分化の数理モデルに対する方法から始めて、その他の空間離散的な現象もできるだけそのまま捉えられるように本手法の抽象化を図りました。
本賞は、表彰年度の前年の12月号から過去3年間の間に学会誌「応用数理」に掲載された論文を対象とします。その中で、大方の会員にとって理解しやすく興味を与える特に優秀なものが選ばれ、その著者に贈呈されます。原則、1年間で1編表彰論文が選定されます。
受賞論文:格子や細胞の形状を保存する空間離散モデルの連続化法と応用(応用数理33巻2号(2023), pp. 72–82.)
著者:田中 吉太郎、八杉 徹雄(上智大学)
【受賞理由:日本応用数理学会 論文賞・ベストオーサー賞 2024年度より】
時空間ダイナミクスを記述する数理モデルにおいて,時間と空間という独立変数の取り扱いには自由度があり,現象に応じて適切に選ぶ必要がある.生命科学では特に,ミクロでもマクロでもない絶妙な階層に位置する細胞のレベルにおいて,無視できない不均一なダイナミクスがあるために,空間連続的な数理モデリングがうまく働かないことが多い.本論文は,固定された細胞配置を離散的な空間変数で記述した数理モデルから始まる.この空間離散的なモデルは幅広い適用範囲がある一方,数学的・理論的解析をする際には困難なことも多い.さらに,この細胞配置に起因する離散的空間変数とは関係のない未知変数(例えば細胞外を通常拡散する物質の濃度など)があり,相互作用を生じる場合には,異なる空間の取り扱いを共存させる必要がある.これらの問題を解決するために,著者らは,空間離散的なモデルの連続化法を提案している.この提案手法では,様々な細胞間・空間相互作用を含むことができる.いくつかの相互作用を例示した上で,一般形での連続化の過程が極めて明快に解説され,最終的には合成積を含む非局所発展方程式の枠組みが導出されている.この導出された連続モデルの解について,特異極限解析によってある意味で元の離散モデルの解を近似することも解説され,数値計算による解の比較も示されている.その後,著者らの共同研究における実際の応用が分かりやすく紹介されている.実験と数理の両面からのアプローチが有効に働いた好例であり,結果的に本論文の数理モデル連続化のデモンストレーションとしての価値も極めて高い.以上により,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞(論文部門)に相応しいものと判断した.