公立はこだて未来大学が立地する函館は、かつて「箱館」と表記されていました。室町時代に津軽の豪族・河野政通が現在の函館山のふもとに「館(たて)」を築き、そのかたちが箱に似ていたためこの地を「箱館」と呼ぶようになったといわれています。函館の歴史に「箱」あり、未来大にも「箱」あり。今回のFunBoxは、箱にちなんだユニークなモノ・コトを学内に探訪しつつ、明日を拓く創造力について考えます。
※「館」=15世紀半ばの中世の蝦夷地に建てられた山城、砦。松前城の前身は福山館であり、道南の上ノ国町には勝山館ほか複数の館が建てられた。
重宝便利な「ヒレルボックス」について
学内でよく見かけるカラフルなボックス。未来大ではこの箱を「ヒレルボックス」と呼んでいます。一辺350ミリの箱は、椅子代わりに、展示台にと使い勝手のいい重宝サイズ。2つ重ねて天板を渡すと、“どこでもテーブル” が出現。本棚にもなるし、小物を収納したり、提出レポートの受け箱に利用している先生もいます。また、プロジェクト学習の発表会にも多くのブースで活用されています。
重ねる、組み合わせる、腰掛ける、その用途は使い手の創意でどんどん広がっていきます。既成の什器にはない、このフレキシビリティの高さこそが魅力であり、未来大的ともいえます。開学と同時に150個のヒレルボックスがつくられ、16年目を迎える今でも未来大ならではの学内風景を形作るツールとして活躍しています。学内什器として当たり前のように存在し、普通名詞のように未来大になじんでいる「ヒレルボックス」ですが、そもそも「ヒレル」とは? このボックスの由来や開発経緯について詳しく知る学生はそう多くはいないかも知れません。
ヒレル先生のアイデア、木村先生のデザイン
ヒレル・ワイントラブ先生は2001年4月から2005年の5月まで情報アーキテクチャ学科の教授として在籍。専門は、ラーニング・デザイン。未来大に赴任する2年前から開学にあたっての学習環境づくりに尽力。ヒレルボックスは、そのときのヒレル先生のアイデアから生まれた学習環境づくりのためのツールです。ヒレル先生とともにボックスの開発にあたった、情報アーキテクチャ学科の木村先生に当時の詳しいいきさつをお話しいただきましょう。
「C&D(Communication and Design)教室をつくる際、学びに必要な環境を学生自らがつくる、そのプロセスも学びのひとつとして位置づけようというのがヒレルさんの考え方でした。通常ですと、スペースがあって、そこに入れる什器をカタログから選んでしまう。未来大の場合は建物といっしょに什器もオリジナルで設計してみよう、と。棚や机や椅子など、モノが先にあって、使い方が限定されるのではなく、使い手がどう使うかを考えられるような什器の開発です。ここにその時の一連の試作品があるのですが、最初は発泡スチロールで、大きさ、重さのイメージをつかみ、次に強度を考えてアルミニウム合金で試作。しかし、金属製だとどうしても重くなってしまう。フレームだけを金属にしたり、アクリルでもつくってみたのですが、強度的に弱い。最終的には木の試作をブラッシュアップしていきました」
「ところが、この厚さの木で箱にしてみると結構重い。金属製とそれほど変わらない重さになってしまうんですね。そこで採用したのがハニカムボードです。薄い合板でダンボール製のハニカムシートを挟むことで軽量化を実現しました。エッジの部分だけを木製にし、角にはアールをつけて安全面にも配慮。面の中央部にジョイントするための留め具をつけ、もうひとつの面に穴を開け、重ねてもグラグラしないようになっています。最後にウレタン塗装を施して完成です」
ヒレル先生のPlayfulな(遊び好きな、陽気な)アイデアと、木村先生の緻密な設計デザインが、カチッとスタックした瞬間、ヒレルボックスが誕生したわけですね。カラフルな色も無彩色の多い学内で楽しげなアクセントになっています。
「経年使用で傷みも激しくなり、数年前に半分ほどを再塗装しました。床材と同系色の少しくすんだ渋目の色のものは初号器、ビビッドな色彩のものは再塗装した2号器です。どちらの色調がしっくりくるのかわからないけれど、いずれにしてもモノクロームな空間のなかにあって、温かみを感じさせるカラーを採用したのは重要なポイントです」
たかがカラーボックス、されどヒレルボックス
一見どこにでもありそうなカラーボックスですが、考えぬかれ試行錯誤を重ねた製作過程が興味深い。さらにヒレルボックスには未来大開学時の理念が凝縮されています。ヒレル先生の思いは、とにかくPlayful=楽しくあれ。“自分で作り学んでいく環境づくりをこの大学の特徴にしたい、理念のひとつにしたい”というヒレル先生の壮大なこだわりが、この小さな箱に具現化されているのですね。
ヒレル先生のユニークなアイデアは、ボックスのみならず学内のネーミングにも残されています。講堂はクジラ、大講義室や中講義室、小講義室はドルフィン(=イルカ)、スターフィッシュ(=ヒトデ)、スクイッド(=イカ)。さらにアトリエ・ラグーン、プレゼンテーション・ベイ、情報ライブラリーはライトハウス(=灯台)など、海にちなんだ名称群がまさにPlayful!
未来大の愛称「FUN(=Future University Hakodate)」も、“楽しくなければ学びじゃない”が持論の、ヒレル先生の発案だそうです。「ヒレルさんはタフで明るく、魅力的な人だった。やりたいことが非常に明快で、コンセプトもわかりやすく、デザイナーとして一緒にやってて本当に楽しかった」と木村先生は述懐していました。ヒレルボックスの生みの親のそもそも話、知られざる開発秘話に、納得です。
原田研究室では、「ハコダケ」に関連するプロジェクトが進行中
原田研究室(アーキテクチャ学科)に置かれた、さまざまな木材や木組みのユニットスペース。デジタルチックな研究室に木材や木の空間の取り合わせとは何とも意表をついています。未来的なコロニーのなかに、ナチュラルな森空間が突如として出現したような…。原田先生、何が始まるんですか?
「渡島総合振興局から道南の杉材活用のプロジェクトに未来大にも参加してほしいとお声がけをいただき、昨年の春から杉材活用プロジェクトの活動に関わっています。杉は本州以南では普通に見られますが、北海道では渡島・檜山管内に植生するこの地ならではの樹種ですね。植林された杉は50年くらいが伐採の目安とされていて、道南では今がまさにその適期にあたり、伐採して消費していかないと林業自体が維持できなくなってしまう。そういう背景もあり、産学官協働で杉材活用プロジェクトが進行しています。直近では3月の北海道新幹線開業の際のイベントに杉材の屋台ブースを置いてみようということで、未来大が基本設計デザインを、函館高等技術専門学院が製作を担当しています。そこに置かれている屋台は、デザインのための試作品ですね」
「このプロジェクトの流れでトライしているのが、HakoDake Hiroba活用プロジェクトです。函館空港に、建物のなかに作れる子どもたちの遊戯スペース『HakoDake Hiroba』というユニットがあるのですが、このユニットを未来大で活用したらどんなことができるのだろうということで、ユニットの試作版をお借りして未来大のなかに“学びのひろば”を設置してみたのです」
原田先生によると、“学びの空間づくり”を実験的に開発中とのこと。ユニットのなかでは、具体的にどのようなことをされているのでしょうか。実際に活用されての感想は? 研究室の三野宮定里(さんのみや・やすのり)さん(4年生)に聞いてみました。
「木の香りが落ち着くので集中して作業したいときは、ボックスにこもります(笑)。杉材は柔らかいので加工しやすいですね。板壁を取り外してホワイトボードを設置したり、机の高さを変えたり、本棚を作ってライトも取り付けるなど、いろいろカスタマイズしています。いま『ラズベリーパイ』という小さなコンピュータを活用できないか、思案中です。電源をとってディスプレイに出力できますし、USBでマウスやキーボードと接続したり、LANポートもついているのでいろいろ工夫できそう。ユニット内にぶらさがっているピンクのキット、あれがラズベリーパイです」
※「ラズベリーパイ(Raspberry Pi)=ARMプロセッサを搭載したシングルボードコンピュータ。イギリスのラズベリーパイ財団(Raspberry Pi Foundation)によって開発された。
木とデジタルは、意外に相性が良さそうですね。「IT系と木をうまく結びつけた仕掛けをつくってみたい。最近コンピュータもどんどん小さくなっているので、コンピュータを埋め込んだ木製品を開発できれば面白い。パソコン自体を木で作ってみたりね」と、ものづくりのDIYスイッチが入りっぱなしの原田先生。杉の香とともに、熱い思いが伝わってきます。
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ヒレルボックスからは、開学時に込めた思いが有形無形の財産として今に伝わり、さらにこれからも継がれていくことでしょう。また、原田研究室の「ハコダケ」活用開発プロジェクトでは、地域の未来に関わることの面白さと大切さを教えられます。小さなハコから見える未来、ハコから創る未来。Future University Hakodate の今をお伝えするFunBoxというハコも、未来につながるトピックスをお届けしてまいります。ご期待ください。