大学にある「ゼミ」とか「研究室」という言葉を知っていますか。一般に大学では学部3年生(以下、学部を省略)や4年生になる際に、ゼミや研究室に所属し、専門分野の学びを深めていきます。公立はこだて未来大学(以下・未来大)では4年生になると研究室が決まり、一人ひとりが卒業研究を行っていきます。
「研究室」とはどんなところなのか、「研究」はどう行われているのか、未来大ならではの特色は何かをご紹介するため、複雑系知能学科の平田圭二教授、情報アーキテクチャ学科の竹川佳成准教授、研究室の学生たちにお話を聞いてきました。知能、デザイン、情報科学、音楽、自然言語、認知科学、インタラクション、スキル熟達支援などの視点から研究している「平田♪竹川研」(正式には「平田・竹川研究室」。平田教授、竹川准教授の共通の関心が音楽であるため学内では「平田♪竹川研」と表記)が今回の舞台です。
「オープンスペース・オープンマインド」を体現する研究室
未来大の学生たちは、2・3年生で各自が専門科目を選択して目指す分野の専門性を身につけ、4年生になる段階で、希望する研究室を決めます。研究室を運営する教員たちは「教育者」であると同時に、専門の研究テーマを持つ「研究者」でもあります。
研究室の配属は、以下の手順で決まります。
- 3年生の秋から冬にかけて、研究室選択の時期が近づくと、学内のオープンスペースに、研究室紹介のパネルが並び、教員やその研究室所属の学生たちが説明会を実施します。このとき、研究室ごとに研究テーマを紹介した、研究室選択用学内ウェブサイトが公開されます。
- 3年生はそれらから情報を得て、興味を持った教員に面談のアポイントを取り、各研究室へ出向いて直接話をします。学生はどんな研究を行いたいかのアイデアを、教員はそれを研究にしていくには何が必要かなどを話します。その後、進みたい研究室の希望順序を提出。
- 教員は自分の研究室を希望する学生のリストを受け取り、来てほしい順に並べ替えて提出。
- 双方の希望を考慮し、3年生の12月上旬に配属が決定されます。
ここで未来大らしいのは、学生・教員双方の全希望を最もうまく満たす研究室配属にするために、経済学の分野で提案されたゲール=シャプレーのマッチングアルゴリズムを採用していること。
研究室配属後は担当教員と相談しながら各人が卒業研究テーマを決定し、1年かけて取り組んでいきます。教員の専門とする研究分野の中で、自分が興味を持っていること、やってみたいことを卒業研究テーマにしていきます。でもこの時点では学生の「やってみたい」はまだ抽象的なアイデアである場合が多いため、教員が「興味の中心」や「数学やプログラミング能力」などをヒアリング・確認しながらテーマを明確にしていきます。そして次に、研究として成立させるために必要な技術や進め方といった研究工程を組んでいきます。
配属された3年生が卒業研究テーマを決めるまでの過程は研究室ごとに違いますが、「平田♪竹川研」では、12月上旬に配属が決まった3年生は直後から研究室ゼミに参加します。同時に、希望する3年生は先輩の手伝いをする見習いにつきます。12月中~下旬に先輩たちの研究内容を知る研究室のオリエンテーションが行われ、どの先輩の研究を手伝うかを決めます。手伝いは実験助手、文献の収集と整理、コーパス(言語資料)作成補助などの作業が中心となります。この見習いを経験することで、これからの自身の卒業研究の進め方について、イメージと理解を深めていきます。見習いを経ずに自分の研究テーマを模索することも可能で、毎年7~9名が配属される3年生のうち1~2名が最初から独自の研究テーマ立ち上げに挑んでいるそうです。
一方では研究室への配属と同時期から少しずつ就職活動もスタートするため、ゼミへの参加などは柔軟に対応するそうです。
そして、ゼミ内での1月中旬の中間発表会、2月中旬の最終発表会で教員、先輩のアドバイスを受け、自分の卒業研究テーマを最終的に決定します。
平田: 研究課題探索については月1回程度、3年生と個別面談をしますが、多くの場合は先輩と話をし、アドバイスをもらいながら自身の卒業研究テーマを絞り込んでいきます。私はいろいろな場面で学生に「インプットなくしてアウトプットなし」と伝えています。卒業研究のテーマを決める時も同じです。つまり、手を動かし頭を働かせて、知識を得て経験を積んで、初めて有意義な研究提案ができるという意味です。
未来大の学生は講義や演習という個人で行う学習と並行して、3年次には実社会での課題を探り出して、その解決にチャレンジする「プロジェクト学習」など、チームで行う学習に取り組んでいきます。そして、集大成ともいうべき4年生の卒業研究は、自分でリサーチ・クエスチョンや仮説を立て、観察や実験、システム開発などを行ってデータを収集し、分析し、考察をして論文の形式にまとめます。最後に学内で発表して締めくくります。
卒業研究を足掛かりに、大学院(博士課程は(前期)2年間、(後期)3年間)に進学し、研究を発展させていく学生もいます(大学院では、「研究者」として、学会発表や論文執筆を行います)。
平田教授と竹川准教授に、未来大の研究室の特徴について聞いてみました。
未来大の特色の一つである「教育と研究」の一体化は、研究室の活動に顕われているのでしょうか。
平田: 私も竹川先生も、学生たちを私たちの「共同研究者」として育てたいと思っています。学生たちは、まだ誰にも答えが分かっていない課題に取り組んでいます。その中で、教員の我々もまだ学んでいないことが出てくるので、こちらも負けずに勉強します。
学生が自分の研究に取り組み、技術や知識を会得していくのと同時に、教員も学生の研究を支援しながら新しい発想や知見を得て次の研究に役立てる。ここに、双方向の学びが存在しているということです。
他の大学と未来大の研究室では違いがあるのでしょうか。
竹川: 未来大を表す言葉に「オープンスペース・オープンマインド」があります。この言葉通り、建物の構造がオープンな環境にあるので、隣の研究室が何をやっているのか分かります。別の研究室の学生と情報交換をしたり新しい技術を共有したり、協力し合っているようです。他の大学では研究室が壁で仕切られていて、隣の研究室でどんなことをしているのか伝わりにくい。
そして、「他者はライバルだ」と競争心が強い大学もあると思いますが、未来大の学生たちは困っている人がいれば助ける、一緒に勉強し、誰かが成果を上げたら一緒に喜ぶというオープンマインドが浸透しています。
「平田♪竹川研」で研究されているデザイン知能とは?
「平田♪竹川研」の学生たちの研究テーマは、「初心者向け作編曲支援」、「演奏追従システム」、「学生の文章添削」、「会議記録の再利用」、「技芸(ピアノ・バイオリン・書道・イラスト・ボウリング)上達」、「カーリングストーン位置計測」、「AIビデオカメラ」、「デジタル仮面コミュニケーション」、「ゲーム推薦」、「AI運行相乗りタクシー」…同じ研究室であっても、音楽理論・自然言語処理・技能熟達・認知心理・公共交通など、一見つながりの見えないテーマが並びます。しかし「人間の創造的活動を豊かにしてくれる知能を目指す」という点で学生たちの研究は接点を持ち、そのキーワードが「デザイン知能」なのです。
デザイン知能というのは平田教授と竹川准教授が生み出した「造語」です。まず、モノを創る(絵を描く、曲を作るなど)・コトを創る(スキルを習得する、気づきを促す)といったことを広義の「デザイン」と捉えます。人はそのような広義のデザインを通して表現豊かに他者に働きかけ、コミュニケーションし、社会を作っているのです。あるいは、自分自身に働きかけ内省(リフレクション)することもあります。広義のデザインを実現する知能を「デザイン知能」と称し、その仕組みを解明したり、システム化したりすることを目指しているのです。
平田教授は数学や言語など理論的な観点から、竹川准教授はユーザインタフェースなど実践的な観点から、デザイン知能にアプローチし、互いに補完して研究を深め合っているとのこと。学問分野の垣根を作らず研究対象を学際(研究が複数の分野に関わること)的にとらえ、知能、デザイン、情報科学、音楽、自然言語、認知科学、インタラクション、スキル熟達支援に同時に取り組むこと。これがデザイン知能研究の特徴です。
平田: 研究者として僕が100、竹川先生が100の能力を持っていたとして、2人が協力すると100×100になる。可能性が飛躍的に広がるんです。
竹川: ある問題を解こうとするとき、アプローチする方法はいろいろあります。今の技術の流れでは「組み合わせ」がキーになります。特にコンピュータサイエンスでは、アプローチの方法・技術をいかに組み合わせるかが重要なのです。
平田教授は、2017年に北陸先端科学技術大学院大学の東条敏教授と共著で『音楽・数学・言語-情報科学が拓く音楽の地平』という本を出版しました。執筆する過程では、分担して書いた原稿に互いに加筆し合い、議論を重ねていきました。その結果、遠く離れた大学にいる研究者でしたが、互いに補い合うことで、執筆前に考えていた以上の内容になったそうです。
平田: 研究成果を書籍にして世の中に出すと、私がどんなふうに研究分野全体や歴史をとらえているのか、さらに情熱まで伝えることができます。論文ではどうしても成果だけを切り出す形になってしまうので、書籍として研究を世の中に出すことの意義は大きいのです。
学生に聞く、研究室での日々
「平田♪竹川研」は未来大の中でも所属する学生の人数が多く、4年生から博士(後期)課程3年生まで、各学年の学生がいます。学生たちに普段の生活や研究について聞きました。
「平日9時から18時までは研究に取り組んでほしい」というのが平田教授と竹川准教授の密かな願い。とはいえ授業はもちろん、サークル活動や就職活動もあるので、研究室にいる時間で評価することはしません。その一方で教員二人の願いはかなり達成されてもいるようです。研究室は、学生たちが進んでここに足を運ぶ、自分の「居場所」でもあるからです。
「いつ来ても誰かしら研究室にいます。配属されたばかりの時はちょっと入りにくい気持ちがありましたが、今ではここにいるのが当たり前になりました。ここで人と話しながら自分のやるべき作業をしています」とは博士(前期)課程1年の原史也さん。
博士(前期)課程2年の寺崎栞里さんは「週に1回ゼミがある他に、例えば誰かが『この学会の論文を勉強したい』と言い出したら、学生主体で勉強会を開くこともあります」と言います。
研究室での生活は、学生の自主性に任されている部分が大きいようです。
寺崎: 私たちの研究室は現在、研究テーマで大きく4つのグループ(音楽理論・自然言語処理・技能熟達・認知心理)に分かれています。後輩の論文を読んでチェックする、発表練習に付き合うなど、グループ内で先輩が後輩の面倒をみています。
特に「平田♪竹川研」では、早く研究の実像を理解できるよう、配属が決まった3年生が先輩のお手伝いをする仮配属・見習いを実施しているそうです。
先輩たちを尊敬しているけれど、「普段は友達の感覚に近い」のだとか。誘いあって食事や遊びに行くこともあるそうです。研究室の空間からは研究も遊びも楽しく、という雰囲気が伝わってきます。
先生との関係性を聞くと、
寺崎: 平田先生は、第二のお父さんです。本当に尊敬しています。学生のために時間を惜しまず作ってくれる。研究面でもそうですが、私が就職活動で悩んだ時に人生についての相談もできました。
研究室は学問をベースにしながら、深い信頼関係が育まれる場であるのかもしれません。
4年生になる以前に思っていた「研究」のイメージと、実際に体験しての意外な点はあったのでしょうか?
寺崎: 研究がどんなものか、3年生まではイメージができませんでした。「研究」と聞いても机に向かって一人で何かするのかな、難しそうという感じで。テーマを見ればまるで違う研究に見えるかもしれませんが、デザイン知能という領域の中で先生や先輩、周囲の人がサポートしてくれます。いろんな相談もできる環境、人間関係を持っています。孤独に取り組まなければならないという心配は杞憂でした。そして、自分に研究なんて難しいと思っていたけど、こうやってできるんだ!と。
研究室の一員として、それぞれが最大限の努力をし、それがつながることで個のチカラを超えた成果が得られるーー平田教授の「100の能力の2人が協力すると足し算ではなく掛け算になる」という言葉は、学生たちの間にでも思いがけない化学反応が起こる可能性を示唆しています。自分の能力を発揮できる環境の中で、誰かの技術や研究が別の研究に結びつき、共に刺激し、高め合う。ここに研究室の存在意義があるのかもしれません。