自ら問題を発見し、解決していく能力を養う課題解決型学習(Project Based Learning: PBL)が教育現場で注目され、公立はこだて未来大学(以下・未来大)の「プロジェクト学習」にも視察が増えています。未来大が開学時から取り組んできたプロジェクト学習の成り立ちと変遷を探ってみました。
プロジェクト学習は未来大の教育の根幹
文部科学省が「主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティブ・ラーニング)」の促進を打ち出していることもあり、未来大のプロジェクト学習への注目が高まっています。プロジェクト学習は未来大が開学当初より学部3年次の必修科目に位置づけ、17年間実践してきた教育プログラムですが、他の大学はもちろん、小中高校の教育関係者、企業の人事担当者などから講演や視察の依頼が続いています。プロジェクト学習の運営を担当するワーキンググループ(WG)長の寺井あすか准教授に聞きました。
寺井: 2018年度は石川県の大学や兵庫県の高専による視察があったほか、海外からも本学と学術交流協定を結んでいる台湾の大学関係者が1週間にわたって滞在し、プロジェクト学習のテーマ発表会を見学していきました。学外の方から少なからず大変興味を持っていただいていると感じます。
未来大では新任の教員はまずプロジェクト学習を担当するWGに所属するのが通例。2018年度からWGのグループ長を務める寺井先生もそのひとりです。
寺井: 新任教員が担当する理由は、プロジェクト学習は未来大の根幹をなす授業の一つなので、どういった内容なのか、運営の仕方も含めて理解を深められるという意味合いが大きいのではないでしょうか。教員が学生に一方的に知識を教えるのではなく、ディスカッションしながらともに学び合うプロジェクト学習は、未来大の精神「Open Space, Open Mind」を体現している授業だと思います。
自主性の尊重とチームティーチングが特徴
では、広く注目を集める未来大のプロジェクト学習の独自性とは何でしょうか。寺井先生の前任、2016〜2017年度にプロジェクト学習WG長を務めた髙木清二准教授はこう言います。
髙木: 学生の自主性を重んじるところだと思います。プロジェクトの中心的な枠組みや方向性は教員が提示しますが、具体的な内容を決定するのは学生です。学生は自分たちでリサーチを行い、何を課題として取り上げるかを決めるので「自分たちがやらねば」という気になるのだと思います。とはいえ、学生は経験がないので無謀なテーマを設定しがちな面も。それは1年間で終わるテーマだろうか、その方向性で問題がないだろうかと、助言するのが教員の役割です。
教えるのではなく、学生自身が気付くように対話を通して導いていくのが教員の役目。学生が自ら課題を見いだし、その解決に向けて試行錯誤しながら、必要な知識と技術を自ら進んで学んでいくことがプロジェクト学習の狙いのようです。
髙木: もうひとつの特徴は、複数の教員によるチームティーチングです。専門分野の異なる教員が複数でチームを組んで、プロジェクトの指導にあたります。たとえば、純粋基礎科学に近い分野が専門の私と、デザインが専門の教員では、これまで受けてきた教育や経験、アイデアの出し方も違う。さまざまな分野の教員が関与することで、学生は多角的な視点を身につけることができ、また教員同士にも新たな気付きがあります。プロジェクト学習は未来大の教員が全員参加して行われますが、こうした取り組みができるのは未来大が風通しのいい大学だからかもしれません。
参考にしたのは、小学校の総合学習
さて、未来大が独自に取り組んできたプロジェクト学習は、一体どのようにして誕生したのでしょう。もともと大学の設置認可申請の段階からプロジェクト学習は3年次の必修科目としてカリキュラムの一部に組み込まれていたそうですが、何をヒントにデザインされたのか、当時を知る美馬義亮教授に聞きました。
美馬: プロジェクト学習に取り組むことは、開学以前から教員予定者間で共有していました。3年次の必修科目なので、実際にスタートしたのは開学して3年目、2002年からです。プロジェクト学習全体のデザインにあたって参考にしたのは、その頃、先進事例として紹介されていたアメリカの小学校における総合学習の授業の参考書です。グループワークという点では同じですが、小学生と違うのは学習者がスキルフルだということ。大学生はそれぞれ専門性を身につけていますから、自分は絵が描ける、隣の子は数学ができるというような違いを意識して、チームの中で役割分担をしながら課題の解決を目指せるスタイルを考えました。
大学の新しい教育手法が、小学校の総合学習を参考に組み立てられたというのは、とても興味深いエピソードです。そもそもグループワークによるこうした学びの形が必要だと感じたのはなぜでしょう。
美馬: たとえば微積分を中心とした解析学、行列を扱う線形代数学など抽象的な概念を扱う座学の授業は、何のために学ぶのか分からないという学生がいます。たしかに、いずれ役に立つという前提で盲目的に学ぶのは苦痛です。一方で、我々には社会に出て仕事をしているうちに、一見分かりにくいこともできるようになったという実体験がありました。ですから、もっと学び手を巻き込むような学習形態を設計できないだろうかと。一斉授業や実験・実習とも異なる、効果的な学びの場を用意したいと考えたのです。
取り組み始めて17年。運営の方法など、スタート時と変わったことは多いのでしょうか。
美馬: 実践で得た反省点を踏まえて、少しずつバージョンアップしてきています。初期の頃は2週間に一度、プロジェクトのマネジメントなどについて知識を授ける授業を行っていた時期もありましたが、結局、自分たちで試行錯誤しながら学んでいくほうがいいだろうと取りやめました。いつまでに何をするかというスケジュールを規定したほか、報告書のフォーマットをつくるなど、時間をかけて実施方法を改良してきています。
2017年度からは報告書とは別に、学生が自ら学んできたプロセスを意識できるよう「学習ポートフォリオ」も用意。プロジェクトの目標達成に必要なスキル、そのために行うべきことなどを整理して考えられるような機会を設けたそうです。
大学教育と地域社会の連携
未来大のプロジェクト学習は、机上のアイデアではなく、実社会に根ざした問題群を解決するための探求です。最後に、学びの成果を実際に地域にどう還元してきたのか、美馬義亮教授と伊藤恵准教授に語り合ってもらいました。
伊藤: 私は開学2年目に着任して、3年目から始まったプロジェクト学習の当初から関わっています。これまでプロジェクト学習を通していくつかの観光向けアプリをつくりリリースしました。例えば函館市の公式観光情報サイトの「はこぶら」があります。現在のものは別の会社があらためて作り直したものですが、最初のバージョンはプロジェクト学習でつくったものです。函館野外劇のインターネット予約サイトは、未来大生がつくったものがそのまま今も使われています。
美馬: 医療系のプロジェクトに10年間、携わりました。学生が市内の複数の医療機関などにヒアリングに行き、現場のニーズを拾って、看護師や理学療法士の方々の仕事に役立つものづくりを考えます。リハビリ用のiPadアプリ「リハビリくん」はテレビで報道されたので、養護施設からもリクエストがあって2施設に提供しました。
伊藤: 自治体やNPOなどから事前に依頼を受ける場合もあれば、教員や学生側から「こういうのをつくったら使ってもらえるかもしれない」と考えて提案する場合もあります。なかには学生にプロトタイプをつくってもらい、それをもとに別の会社に発注するという条件で依頼がくることもありました。
美馬: 実際にやってみて分かったのですが、学生のつくったものは、責任を持ってメンテナンスをする人がいない。パソコンやスマホのOSのバージョンアップに伴うような変化に対応できないので、長く使い続けられないんです。関係者にはあくまで学生の教育、トレーニングが目的だと理解してもらう必要があります。
伊藤: リアルな課題の方が学生も意欲が湧きますが、教育の本質からズレるところも出てきてしまう。私は学外の人と連携する場合、できるかできないかは分からないと、必ず事前に説明するようにしています。成果物の対価としての費用ももちろんなしです。あくまで教育活動の一環ですから。
美馬: それでも学生は真剣に取り組みますね。悩みながら、自分で参考書を読んで必死にスキルを勉強する。座学で一斉授業をやるよりもはるかに学習効果が高いと思います。
伊藤: 自分の時間を犠牲にしても、このプロジェクトをなんとかしなければならないと、のめり込む学生が多い。プロジェクト学習を経験する前と後では人が変わるんですよね。我々は「化ける」って表現していますが。
美馬: それだけに教員はチームとしての学習がちゃんと機能しているか目配りが必要です。人間関係の軋轢は大なり小なり必ず生まれるので、リーダーをどう育てていくか、メンバーがどう盛り上げていくか、みんなに考えてもらう必要がある。こうした組織での動き方は教室でバラバラに勉強しているだけでは身につきません。
伊藤: 当初はリーダーがメンバーに命令するだけだったり、誰か一人だけに負担がかかりすぎたりして、チームが崩壊してしまう失敗もありました。最近はさすがに早めに手を打てるようになりましたが(笑)。それに、うちのプロジェクトは、4年生や大学院生がティーチング・アシスタント(TA)に入っているので、彼らが後輩たちに厳しくアドバイスをしているようです。
美馬: TAはチームのサポート役ですが、自分が当事者のときには分からなかったことが第三者になって見えるし、それを言語化できるようになる。プロジェクト学習にはTAを教育するという側面もあります。
プロジェクト学習は、4月にスタートして、7月に中間発表会、12月に成果発表会というスケジュール。2月には東京・秋葉原でも成果発表会を行います。この発表会は、未来大へ関心を寄せる企業の方が大勢来場する恒例イベントとして定着しました。首都圏で働く卒業生も後輩たちの発表を見に集まります。もしかしたらプロジェクト学習の意義や価値を最も実感しているのは、情報ビジネスの最前線で働く未来大OBなのかもしれません。
プロジェクト学習を実践するためのノウハウや具体的な事例については、『未来を創る「プロジェクト学習」のデザイン』(美馬のゆり、冨永敦子、田柳恵美子/公立はこだて未来大学出版会)で詳しく紹介されています。プロジェクト学習が生まれた背景と、その根底にある学習理論から、さまざまな事例、実際に運営していくノウハウと教員の役割まで、幅広い内容を網羅しています。
学生だけではなく、教職員の学びや気付きの機会となり、また発表会などを通じて地域の人々にも学ぶ機会を提供できるプロジェクト学習。課題を見つけ解決方法を考えながら学んでいくその手法は、企業や地域など社会的活動に広範に応用できそうです。プロジェクト学習があちこちで実践されるようになれば、当事者意識をもって考え行動する人が増えるはず。社会の変革にもつながりそうです。